s61雑音領域

第1話 8月2日 百道と水緒[他者視点]

 ――もしかしたら、

   俺たちは端から見れば、

   仲のいい

   恋人同士に見えたかもしれない。




 どこにでもあるような騒がしいファーストフードのウィンドウから、人ごみが流れていくのを黙って眺めている。

 それは、夢とか、希望とか、そんなものを当の昔に失った人たちと、これからそれに嫌でも気づかされることになる奴らの無意味な行進でしかない。


 能力があっても、才能を研く努力をしても、結果的にそれに至らなかった敗北者たちばかりが世界を埋め尽くしている。


 目の端に女の姿をとめる。

 女は、背中まで流されたさらりとした髪をヘアバンドで止めている。パサパサのジャンクフードをさも美味そうに食べ、カロリーの塊のようなポテトを平気な顔で口の中に放り込んでいた。


 隣り合った席に座り、一緒にウィンドウから外を眺めている俺たちのことを恋人同士だと思う奴もいるかもしれない。

 だが、俺とこの女との間には、あるひとつの共通点以外の接点は存在しなかった。


 その唯一の共通点は、もうひとつの夜の世界を知っているということ。

 明るく、暖かく、優しい昼の世界とは違い、夜の世界は暗く、冷たく、厳しい世界だ。

 そこで生き抜くには、相手を力ずくで屈服させるか、強者の餌になるかの二択しか存在しない。


 それが夜の世界の根本的で、絶対的な法則だ。

 そこには、わずかなりとはいえども生まれ持った才能によって左右されるものはない。純粋な、力だけの世界だった。


「キミの求めている人たちが、近々このあたりにたくさん姿を見せるんだって」


 女はそこで言葉を切ると、ストローを口元に寄せた。


「『あなたの望みを叶えるために上手におやりなさい』ってあの人が言ってたわ。

 上手におやりなさい――だなんて、なんだかセンセイみたいな言い方だよね」


 俺は内心の憤りを隠すようにバーガーを包んでいた紙をくしゃくしゃと丸めると、紙くずだけになったトレーを手に席を立った。


「わたしはね。わたしは、彼のことが好きなだけなんだよ。わたしからふって別れちゃったんだけど、本当は今でも大好きなの。

 でも――」


 自動ドアが開くと、通りにあふれる喧騒の一部が店内に流れ込んでくる。




「こんな力があったって、彼はきっと喜びはしないよね――」

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