第13話 8月29日 美空の不在
s45一初/朝顔/木蔦【剣鬼】
第9話 8月29日 只今アルバイト中
第10話 8月29日 ファミレスにて
第11話 8月29日 狭山宗哉との出会い
第12話 8月29日 ファミレス乱舞
いつまでもここでのんびりはしていられない。
ともかく、夜属についてのことなら先輩に聞くのが一番だ。なんとか先輩に連絡をとって、今回のことを相談すべきだろう。
会計は安土さんが済ませてくれているので、僕はそのまま店の外に出た。
クーラーの利いていた店内から外に出ると、この暑さに思わずくらりとしてしまう。しかし今はそんなことに気を配っている余裕はない。
美空先輩は最近の高校生としては珍しく、携帯電話を持っていない。見たことくらいあるって言ってたけど、どうも文字通り見ただけのことだったらしい。これまでどうやって生活してきたのかものすごく疑問だけれど、事実なんだから仕方がない。
なんとか使い方を覚えてもらおうと思ったんだけど、一時間ぐらいで挫折した。
先輩は根本的に機械モノを扱うのは向いていないってのがわかっただけでも収穫だっただろう。あのときの右往左往する先輩は実に可愛らしかった。
……いやいや、そんなことは置いておいて。
だからというわけではないけれど、外出しているときの先輩を捕まえるのはとても難しい。美空先輩は夜属では名の知れた存在だから、あれこれと頼まれ事も多いらしく、家にいることは滅多にない。
ただ幸いなことに、今日は夕方から額辺のお屋敷に行くことになっていて、今の時間ならおそらくは家にいるだろうってことだ。
今は夕食前。まだ出発はしていないはずだ。
走って嘉上神社へ向かうことにした。
階段を二段とばしで駆け上がる。途中で顔を上げて振り返ると、ゆっくりと西の空から赤く染まり始めていた。
周囲の木々からはヒグラシのもの悲しげな声が聞こえてくる。ふと感じる秋の気配。
僕たちがどんな夏を過ごしていようが、季節は確実に巡り、次の季節への準備を着々と整えている。
携帯電話の時計を見る。
ここまでおよそ10分ってところか。
夜属として覚醒したからといって、突然、100メートルを5秒で走れるようになったり、高い塀を飛び越えたりできるようになるわけじゃない。人間の姿の時はやはり、それなりの結果しか出ないってことだ。
もっとも、先輩のように鍛えれば、人間の姿をしていてもある程度のことはできるようになるんだそうだけど。
階段を上りきって裏手へ回ろうとしたところで、巫女装束姿の美星ちゃんをみかけた。何やら荷物を抱えている。
小柄な美星ちゃんが巫女装束を着ていると本当にお人形じゃないかと思ってしまうほど可愛らしい。もっとも、本人に言ったりしたらぷくーと頬をふくらませた上に、丸一日は口を利いてくれなくなりそうだから黙っているけど。
「あ、お兄ちゃん。どうされたのですか?」
本当は声をかけずにおこうと思っていたんだけれど、こんな可愛らしい笑顔で声をかけられたら黙って通り過ぎることなんてできなかった。
あまり気は進まないけど、美星ちゃんに先輩がいるかどうか聞いてみよう。
「えーと、先輩はいるかな? ちょっと用があるんだけど」
さすがに夜属の用で、とは言えない。
美星ちゃんは、なぜだかちょっと悲しげな顔をする。もともとよく表情が変わる娘ではあるけれど、最近はこんな顔をすることが多い。
その原因の一つは間違いなく僕にありそうで、とても辛い。美星ちゃんの悲しそうな表情は、できればあまり見たいものじゃなかった。
「姉様は」
そこでちょっと僕のことを見上げる。
少し、瞳が潤んでいるように見えるのは僕の気のせいだろうか。
「姉様はいらっしゃいません」
しまった。行き違いになっちゃったか。これは失敗だったかも知れない。
「どのようなご用事なのですか? よろしければ、言付かっておきますけれど」
さすがに夜属のことを美星ちゃんに言うことはできない。下手に教えてしまってこの娘まで巻き込むことはしたくないから。
「いや、いいよ。もうじき学校が始まるから、そのときにでも話すことにするから。
ところで、美星ちゃんはちゃんと夏休みの宿題は終わってる?」
笑顔で話題をすり替えた。
なんでもない会話を美星ちゃんと交わしながら、僕は夜のことを考える。
今晩のことを。
どこかに不安を抱えながら、僕は夜のことを考えていた。
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