第6話 9月13日 雨の日の帰り道2
雨はまだやんでいなかったけど、美星ちゃんの貸してくれた折り畳み傘に二人で入って歩いた。
僕の右手と美星ちゃんの左手は、絡み合って繋がれていた。いわゆる、恋人繋ぎだ。
そうしないと濡れてしまうからというのもあるけれど、それよりもやはり、保健室でのあの行為が僕たち二人の距離を近づけてくれたのだろう。
水溜りが、歩くたびに滴を跳ねる。
いくつも空からこぼれ落ちる滴が波紋を作り、互いに打ち消しあっている。
そんな水溜まりに――髪の長い少女の孤影が映った。
「姉様……」
美空先輩が、傘も差さないまま、そこに佇んでいた。
「美空……先輩――」
無意識に繋いだ手を離そうとした――離れなかった。折れるほど強く、美星ちゃんが僕の手を握って離さなかったから。
「宗哉くんが美星を護ってくれたのね。――ありがとう」
美空先輩が、僕に軽くお辞儀をする。
なんでそんな他人行儀なことを――僕の問いは切れ長の黒い瞳に遮られた。
何処までも深く、哀しさを秘めたその黒い瞳に。
美空先輩は僕たちに背を向け、歩き出した。
濡れそぼった髪が、僕のことを責めているように感じるのは後ろ暗いことがあるからだろうか。
先輩は口にはしなかったけれど、もしかしたらあの時、保健室に足を運んでいたのではないかという疑念が晴れない。あのときのかすかな音は先輩のたてたものなのではないだろうか。
けれど、それを聞くことはできなかった。僕に、意気地がなかったから――なのかもしれない。
美星ちゃんは、泣き出しそうな瞳で先輩の背中を見つめている。今にも駆けだしていってしまいかねない表情をしていた。
それは罪悪感のためなのだろうか。
結局僕は、去ってゆく先輩の背中を追うことも、言葉をかけることもできないでいた。
いつの間にか雨はやみ、世界はオレンジ色に染め上げられていた。
気まずい沈黙が、再び歩き出した僕と美星ちゃんの間に落ちる。
「もうすぐ……天川祭ですね」
ほろりと呟いた美星ちゃんの言葉に、僕はようやくその事実を思い出した。
そうなのだ――あまりにも非日常的な出来事に僕らは翻弄されてしまっているけど、もうすぐ祭りなのだ。
「楽しい一日になれば……いいね」
呟いた言葉とは裏腹に、脳裏をよぎったのは忌と化した百道先輩の姿だった。
それでも――そんな空虚な言葉でも、今の僕たち二人には必要な約束だったのだ。
「後夜祭……フォークダンスを、一緒に踊ってくれますか?」
まっすぐな瞳で見つめる美星ちゃんを見下ろしながら、僕は決める――
「ごめん。約束は……できない」
少しの沈黙の後、僕はそう答えた。
「今日、美星ちゃんを襲った忌――化け物は、きっと人の出入りの多い天川祭に現れると思う。僕と決着を付けるためにね。だから……その闘いから生きて帰れるのかもわからないから――」
僕は、さっきよりも強い口調でもう一度言った。
「約束は……できないんだ」
美星ちゃんは、少しだけ微笑った。
水色の夕焼け空の下、その何処か淋しげな笑顔は僕の記憶に深く焼き付いた。
「でも……待っています。私は……お兄ちゃんを――いつまでも待っていますから」
美星ちゃんは、少しだけ微笑っていた。
水溜まりに映る夕映えのように、儚い約束を僕に伝えながら。
s33約束―chigiri―――終了
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シナリオ/ 無明ヲワル
シナリオ補佐/ 卯月桜
メイド服[めいどふく]
厳密にいうとメイド服というものは存在しないが、ここでいうのはいわゆる女給の着る服のこと。地味な色のワンピース、白いエプロン、カチューシャなどのヘッドドレスなどが基本構成となるらしい。美星のクラスの文化祭で出した喫茶店の制服はこのラインを踏襲している。
なぜメイド服になったのかは謎であるが、ネコ耳を装備することになったのはクラスメイトの小林なる人物の進言であることが美星のセリフからわかる。この小林君は生粋のネコ好きらしいが、人間としてはクズであろうと思われる。
現在認識されているいわゆるメイド服とは、産業革命以後に綿布の大量生産が可能になってからできたものである。それまでは女主人のお下がりを着ることもあったという。
汚れの目立たない服にエプロンドレスという組み合わせは、クリミア戦争においてナイチンゲールが看護婦として従軍した際の服装と似ていたことから広く普及し始めたという説もある。同時に産業革命によって成り上がった人々がステータスとしてメイドを雇い始めたことも普及の一要素といえよう(もともとは男性の
ちなみに、メイドは仕事の内容によりそれぞれ名称が異なり、たとえば子守をするメイドのことはナニーメイドという。
基本的に彼女たちは裏方であり、家人やお客様の目に触れないように行動をしなければならない。ただし、給仕を担当するメイドはその限りではなく、それゆえ他のメイドよりも多少着飾ったりもしたらしい。
本来、髪の毛が落ちたりして不潔にならないようにするためのキャップやカチューシャであるわけだが、最近見られるそれでは意味がないような気がしないでもない。
ハンバーグ[はんばーぐ]
ハンバーグステーキのこと。
牛、豚などのひき肉に玉ねぎのみじん切り、調味料、パン粉、卵などを加え、楕円形にして焼いたもの。もともとはドイツのハンブルク地方の家庭料理。
美星の作るハンバーグは、彼女たちの母親が作っていたレシピをもとに作られている。二人の思い出のひとつともいえるだろう。
フォークダンス[ふぉーくだんす]
後夜祭にてファイヤーストームを中心にフォークダンスで締めるのが天川祭の定番となっている。
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