s34述懐―wakare―【二回目】

第4話 8月29日 夏の別れ

s34述懐―wakare―

 第1話 8月25日 後悔の日々

 第2話 8月25日 長老たちの死

 第3話 8月29日 記憶を食む仔




 僕はうなずいた。

 この女性は少女が忌の仔だと言った。つまり、このまま放置しておけば、被害が広がりかねないということだ。

 少女の姿をしているということは、元は人間だったということだろう。


 やりきれない。

 元が人であった忌の仔を殺すのと、人を殺すのでは違いがあるのだろうか。


 先輩は違うと言う。

 でも、僕はそれに納得することができない。


「情けはいらんからな。きっちり、殺したった方があの娘のためなんやから。ええな」


 表情から僕の考えていることを読みとったのだろうか。女性はそう念を押した。


 眉間から銃口が離れてとりあえずほっとする。

 いくら頭を打ち抜かれても命はあるはいえ、文字通り死ぬほど痛いのは勘弁してもらいたい。


 僕は一歩下がって振り向いた。

 先輩の牽制のおかげだろうか。少女は同じ場所に立っている。


 覚えのない顔だった。

 見ただけでは街を行く他の人と何も変わらない。僕と同じ高校生ぐらいだろうか。

 それでも、確実に狩らなければならない対象だ。忌も忌の仔も人間を捕食する。このまま放置しておけば、いずれ被害が出るだろう。


 睨みつける。

 少女に表情はなかった。どこか虚ろに僕を見つめている。まるで戦うつもりはないかのようだ。

 でも、それが擬態である可能性も十分にある。決して、忌や忌の仔を侮ることはできない。


「油断をしてはダメよ」


 先輩の隣に並ぶ。


「わかっています」


 ざわざわと髪の毛が揺れる。

 頭が後退して鼻が突き出す。

 筋肉がぼこりぼこりと盛り上がり、こわい毛が生え揃う。

 長い犬歯。

 するどい爪。

 それは狩猟者の姿。

 忌を狩るものの姿だ。


 はっはっはっは――――

 熱い息がもれる。

 ぎちぎちと歯を噛み鳴らす。

 ぐるりぐるりと首を回して、正確な距離を測る。

 ぎりぎりと両手に力を込める。

 膝を曲げ、力を蓄える。

 先輩が隣でうなずいた。

 どんっと地面を蹴りつける。

 地面すれすれのところから腕を空に向かって振り上げる。


 そのときしょうじょがほほえんだとおもった。


 豆腐の中に指を突っ込むように、鋭すぎる爪があっさりと少女の身体を切り裂いた。


 とさりと軽い音とともに、少女であったものが倒れる。

 少女には表情がなかった。笑っているわけでも、哀しんでいるわけでも、苦しんでいるわけでもなかった。

 ただの虚ろ。

 空虚さだけが残っていた。


 紅に塗れる右手を握りしめる。

 ぎりりと歯を噛みしめた。


 やるせない。

 これは、僕がやったことは犯罪ではないのだろうか。その問いかけが僕の中で繰り返される。


「ようやってくれたな。これでこの娘も救われたやろ。この娘に代わって、うちから礼を言っとくわ。

 おおきに。ありがとうな」


 女性はほんの少しだけ悲しそうな顔をしていた。


「今日のところはこれで帰るわ。またいつか、どこかで会うこともあるやろ。それまでな」


 少女だったものを抱きかかえて、女性は去っていった。




 その夜――。

 僕は一人の夜属として、改めてこの世界に迎えられることになった。






 第5話 9月3日 新学期

 第6話 9月9日 静かなる戦い

 第7話 9月11日 レクチャー

 第8話 9月12日 調査開始

 第9話 9月21日 ノロイ忌との対峙

 第10話 9月21日 少女の想いは世界を食む






s34述懐―wakare―【二回目】――完了


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シナリオ/ 無明ヲワル

シナリオ補佐/ 卯月桜

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