第8話 8月16日 伯父さんのアドバイス
つい、うとうとしたのは事実だ。
夜毎の先輩との修練、明け方近くまで嘉上家の土蔵から発見されたノートの読み込み、午前中は嘉上神社へ足を運んでの報告会。
これでは一日が何時間あっても足りない。寝不足にもなろうというものだ。
その帳尻合わせが昼間の仕事に跳ね返ってくることもわかりきったことだ。
でも、だからといって――
「ちょっとは目が覚めたか、宗哉ぁ」
伯父さん、頭から氷水はないだろう。
バイト仲間の杣木沙雪さんがまるで自分が冷水をかけられたかのように肩をすくめている姿がブルーな気持ちを加速させる。
「――だ、大丈夫スか先輩!」
すかさずスポーツタオルで僕の頭を拭ってくれたのは雨宮奈津美ちゃんだった。
夏休み前に宣言はしていたけど、本当に僕のバイトがある日には毎日顔を出してくれていた。お小遣いは大丈夫なんだろうかと、ちょっと心配になる。
「もう、ひどいじゃないですか、マスター!」
「いいんだよ、奈津美ちゃん。今のは僕が悪いんだから――」
濡れたシャツにクーラーの直撃を浴び、僕はくしゃみを一つした。また風邪を引いたら、その原因はこれに間違いはない。
「宗哉、ちょっと来い」
沙雪さんも上がった後に閉店作業をしていると、伯父さんが僕をキッチンの裏に呼んだ。
伯父さんは、くわえた煙草にゴツイライターで火を点けた。たしかゴロワーズとかいうフランスの銘柄だっただろうか。
「お前、このところ嘉上神社の人間に近づき過ぎだな」
どうしてそんなことを――言おうとした言葉は伯父さんの常になく怖い眼光に遮られた。
「あの家は何かやばい。深入りするとロクなことはないぞ」
「……もうしてるよ」
何かを諦めたような口調で、僕は言った。
伯父さんの視線が険しさを増し――何とも言えない哀しみを湛えたものに変わった。
「宗哉、お前……」
「男は関わってしまったものに対して責任を持たなきゃならない――これって、伯父さんに教わったことだよ」
ちょっとだけ、口元に笑みを浮かべてみせる。
伯父さんが、黙って指を一本立てた。
「補足がある――ことにそれが女絡みであるならば、だ」
伯父さんと目が合った。
笑う――どちらからともなく。
「大変だな」
「ええ、大変です」
伯父さんが僕の胸を分厚い拳で小突いた。それで何かが通じ合えたような気がする。こういう時に男同士というのは便利なものだ。
「――姉と妹……か」
背を向けた僕に呟いた伯父さんの言葉は、何気なく僕の胸に棘となって刺さった。
「ひとつ――ひとつだけ覚悟しておけ、宗哉。お前の身体が一つしかない以上、いつかどうにもならない状況ってやつは必ずやってくる」
振り向いた僕に伯父さんはさっきと同じ眼光を向けていた。
「その時は……」
その先の言葉を、伯父さんは紫煙と共に虚空に吐き出した。
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