第10話 7月28日 夕ご飯と百物語
夜はお昼のときに立てた作戦通り、焼き肉だ。
残して置いた薪にもう一度火を入れ、それから炭に着火する。
それ用と思われる側溝用のコンクリートがいくつかあったのでテントの近くまで引っ張ってきて、下に煉瓦を敷いて高くしてから炭を放り込んで網を敷く。掌をかざしてみると我慢できないほどの熱さだ。これなら充分肉も焼けるだろう。
ちなみにテントの近くまで持ってきたのは、腹がくちくなったらそのままごろごろするためだ。
独特の風味を持つ炭焼きの肉を食べようと思ったら焼き肉屋にでも行くしかない。でも高校生の僕らにはなかなか焼き肉屋の敷居は高かったりするものだ。
つぐみや委員長は家族と食べているかも知れないけど、僕は前にいつ食べに行ったのか憶えてないほどご無沙汰だった。
炭はしばらく消火せずにおいて、コッヘルでお湯を沸かしてお茶に使う。
ちょっとしたキャンプファイヤーだった。どうせ火の後始末をするのは僕なんだろうけど。
「……でね。ずっとずっと下り坂が続く道を走っていたの。そうすると急なカーブがあって……」
――しかしどういう雲行きでこんな話になったものか。
戦い終わった我らのねぐらは今や百物語リレーが絶好調で行われている。
「オーバースピードでうわ、危ないって思って慌ててカウンター当てて、ふう、何とか助かったなって思って……」
恐い話なのだから聞きたくないはずなのに、みんな聞き入っているのは何故なんだろう。
まったく、女子の心理というのはわからない。どうしてこう怖いもの見たがりなんだろう。きゃあきゃあ言うぐらいなら、話したり聞いたりしなければいいだろうに。
「そうするとね。ずっとずっと下り坂が続くのよ。ずっとずっとずーっと下ってくの。いつまでもいつまでも……」
焔がゆらゆらと踊る。
照り返された世界がゆらゆらと踊る。
ゆらゆらと押し包む木々の枝々は、皺深い魔女の指の内を思わせる。置き忘れられたような静寂の中で誰かのノドがゴクリとか鳴ったりする。
話の中身も恐いけど、この雰囲気の方がもっともっと恐かった。
「いくらなんでもおかしいな、なんて思い始めたのよ。いくらなんでもこれはおかしい、北海道とかじゃあるまいし、下りの真っ直ぐがこんなに続く道なんて本州にはないはずなのに……そうするとね。ライトの先に看板があって……」
「看板があって……?」
「看板にね、書いてあったの」
「なんて?」
「『黄泉平坂』って」
こ、恐い。
マジ恐いです、綾乃ちゃん。
今の僕は夜寄りの人間だし、実際、夜の異形とやりあったりもしたけれど、それとこれとではダメージを受けるところが違うような気がする。
「じゃあ、次は私の番ね」
委員長が異様に張り切っている。
まだやるつもりらしい。ひいひい言っていたくせになんで止めないんだ、この人は。
本当に、恐いもの見たさというか、恐れを知らぬ好奇心というか、この心理は僕には理解しがたい。実際、委員長とかつぐみの内はまだいいけど、家が神社である美空先輩にお鉢が回ったら、洒落にならないことに気付かないのだろうか。
ともかく、こうして見る限り委員長は元気そうだった。別におかしな様子はない。
川遊びのときは一人でさっさと帰ってしまってどうしたのかと思っていたんだけど、この調子なら大丈夫だろう。別に大した用事じゃなくて、トイレに行っただけなのかも知れないし。
はあ。
僕も今のうちにトイレに行っておくか。
この調子だと、火を消して暗くなってしまってから一人ぼっちになると恐くて行けそうにない。
夜属としてやっていく自信は萎んでいく一方だ。
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