第13話 8月20日 望まない夢と叶えられた望み※
いつかのように夢を見た。
雑多な旋律がまだらの色彩となって、僕の意識に流れ込む。
誰かが僕を呼んでいる――深い闇の奥から。
びゅうびゅうと、真夏の夜空を風が鳴く。
夢とうつつの狭間を、風の唸りが木霊する。
胸騒ぎのする晩だった。じっとしていられず、血が騒ぐ。
何か――得体の知れないざわめきが僕の細胞に爪を立てる。
どろどろとした寝汗に塗れて目覚めるのを待っていたかのように携帯の着信音が響き始めた。
闇の中で緑色に輝く液晶には、見知った数字の羅列――嘉上神社の電話番号だ。
「もしもし?」
貪るように飛びついた。
受話器の向こうは、静寂。そして、微かな息遣いの気配。
『お兄ちゃん……』
美星ちゃんだ。携帯を握る手に力がこもる。
『昼間は突然飛び出してしまって、ごめんなさい。私、哀しくて、頭が混乱して、どうしたらいいかわからなくなってしまったのです』
いいんだ、そんなことは。ただ、美星ちゃんのことが心配だっただけなんだから……。
『――今から、嘉上神社に来てください』
時計を見ると、日付はまもなく変わろうとしていた。こんな時間に女の子の家へ行くのは正直なところ躊躇われる。けれど美星ちゃんを放っておくことなんてできなかった。
しばしの葛藤の後、僕は了解の返事をした。
『会いたいのです。お兄ちゃんに……』
月のない、蒸し暑い夜だった。
薄墨を溶かしたような夜空の下を歩きながら、僕は思わぬ状況の変化に戸惑っていた。
深夜に呼び出されたのもさることながら、いつになく強い主張の美星ちゃんの微妙な変化が僕の中で違和感をもたらしていた。
あれから、彼女の心境にどんな変化があったというのか。
そして、彼女はあの事実をどう受け止め感じているのだろうか。
袋小路のような思索が堂々巡りする内に、僕は嘉上神社の山門をくぐっていた。
世界から切り離されたかのような静寂が辺りには深く落ちていた。
僕は闇の中、境内の砂利を踏んで歩を進める。
そこに、美星ちゃんは立っていた。
びゅうびゅうと吹きすさぶ天の風が雲を千切り、月光を覗かせる。
蒼白い月明かりの中、美星ちゃんは巫女装束をまとって僕を待っていた。
ぞくり、とした。
巫女装束姿に、ではない。
美星ちゃんが僕に向けた、濡れたような黒い瞳の妖しさに。
「嬉しい……来てくださったのですね」
「先輩やおじさんは……? こんな夜更けに僕が来ていることが知れたら、ほら、いろいろまずいだろうし……」
「二人とも、今夜は留守なのです」
美星ちゃんは微笑んだ。
何処かしたたかな、女を感じさせる微笑だった。
誰もいない真夜中の神社。
巫女装束の美星ちゃん。
――静寂の中、僕たち二人だけ。
全てが、まるで定められた舞台の上のように回っている。
僕はその中で、役どころを見失った大根役者のようにただ無言でうろたえている。
小さな手が差しのべられた――まるで闇の中に光り輝く道しるべのように。
「……心配してたんだ。僕の言葉で傷ついたんじゃないかって」
「もう、大丈夫ですよ。あれから佐倉先生にお会いまして、いろいろと相談に乗っていただきましたものですから……。あ、もちろん、お兄ちゃんのことや姉様のことは話していません」
三人だけの秘密ですものねと微笑む。
「綾乃ちゃんが? たまには教師らしいことをするんだね、あの人も」
佐倉綾乃先生のほややんとした姿が脳裏に一瞬浮かぶ。美星ちゃんの相談事に対して、いったいどんな対応をしたのやら。
「夜になって気持ちが落ち着いてきたら、お兄ちゃんに会いたくなったのです。本当は姉様もいてくださったらよかったのですけれど、お出かけになっていますからお兄ちゃんにだけでもと思いまして」
巫女装束を着た美星ちゃん。その姿は、やはりこの状況と同じく不自然すぎた。
なぜだろう。違和感を拭い去ることができない。ほんの少しの違いなのだろうと思う。ワイシャツのボタンをひとつ間違えて留めてあるような、そんな感じがしてならない。
僕は落ち着かなげに、視線をさまよわせる。
「そういえば――調べ物の件、続いてるかい?」
「はい、あれからも。嘉上神社の裏の歴史――それから、その、夜属……のこと。これまでは頭の中でうまく噛み合わなくてわからなかったのですけれど……いろいろなことを知った今は、全てがピタリとはまりました」
美星ちゃんは、優しい目をしていた。
全てを許容する慈母のようなゆとり。
こんな顔をする娘だっただろうか。
「でも……今はもう、どうでもいいのです」
美星ちゃんの視線が僕を向いた。
吸い付くようなぎらぎらした光。強く艶かしく、それは僕に向いていた。
「姉様が人間ではないとしても……お兄ちゃんも同じだったとしても私は構いません。お二人が、今まで通り私の大好きな人であることには変わりありませんから――」
動けなかった。
美星ちゃんの香りが、いつの間にかこんなにも強く――こんなにも近くに。
僕は、おとなしい子猫のような美星ちゃんの中に棲んでいた業深い『いきもの』の磁力に囚われていた。
女、という魔性に――。
「お兄ちゃん……」
呪文は、始まっていた。
「私を、抱いて、ください」
からからに喉が干上がり、視線は美星ちゃんに釘付けだった。
「初めてのひと……ずっと、決めていたのです。今夜、ここで……私を抱いてください」
小さな美星ちゃんの身体。それは、手折ってしまうにはあまりにも健気な花に見えた。
妹のようだった彼女は、今は頬を紅潮させ、生々しい息遣いで僕の求めを待っている。
自制心とは裏腹に、腰の辺りに高まる溶鉄のような温度。
美空先輩の顔が脳裏に何度も閃く。その顔は、何故か哀しげだった。
いけない。美星ちゃんは、あの人の妹なんだ。
「お兄ちゃ――あっ」
アタマとカラダがてんでバラバラだった。僕は既にその時、美星ちゃんの華奢な身体を強く抱き寄せていたのだから。
精神など肉体の玩具に過ぎないとか、黛あたりならしたり顔で語るだろうけど、とにかく僕は衝き動かされたように夢中だった。
「美星ちゃん……!」
倒れた――いや、押し倒した。僕の重みを受けて美星ちゃんが苦しげな声を漏らす。
いけない。肘で体重を支え、美星ちゃんを守らなければ。
「……いいのですよ」
苦痛を浮かべながらも、美星ちゃんの顔は嬉しそうだった。
「私、頑張りますから……お兄ちゃんの、お好きなように……」
何かが弾けた。
「はあっ」
情けない声を上げながら、僕は美星ちゃんの唇を求めた。
顔が小さくて、中々思うように唇を合わせられない。やっと触れた柔らかい粘膜を、僕は激しく吸った。
「んっ、ん……」
美星ちゃんが、顔をしかめながら必死に僕の求めに応じる。キャンディのような舌触りの歯を割って侵入した初めての男の舌に、彼女の呼吸が一瞬こわばる。
溺れる者同士が縋り合うような、切実で不恰好なキスだった。
僕は美星ちゃんの口の周りをあふれ出る唾液でべとべとにした後、白衣の下のいたいけな膨らみに狙いを定めた。
合わせ目に右手をするりと滑り込ませる。
火のような体温に直接触れた――下着を着けてはいない。
指が吸い付くような肌触り。まさぐっていると美星ちゃんの息遣いが羞恥で速まってゆく。
乳房と呼ぶにはあまりにも薄い膨らみ――けれどそれは感じていることを見せつけるように、硬くしこってゆく。子供じみた美星ちゃんの胸の其処だけが女のしるしのようだった。
「恥ずかしい……の?」
美星ちゃんは、こくりとうなずく。
「僕に……抱いて欲しいんだろう? いろんなところを、こうやって触って欲しいんだろう?」
いやいやをするように美星ちゃんは首を振った。
「言うんだ。僕に――お兄ちゃんにして欲しいって」
「お兄ちゃんに……」
消え入りそうな声で、美星ちゃんが呟く。
「して……欲しい、です」
僕は酷いことをしている。美星ちゃんの健気な想いを踏みにじっている。
そしてその行為に僕は紛れもなく欲情している。
「脱ぐんだ」
震える声で、美星ちゃんに命じる。
「着ているものを、全部脱いで。僕に――お兄ちゃんに、裸を見せるんだ」
「はい……」
美星ちゃんは一瞬だけ目を伏せてから、僕の言いつけに従って帯を解き始めた。
立ち上がると、緋色の袴を、白い着物を、蝶が
白く、細い裸身がわずかな灯かりに震えていた。
美星ちゃんは羞恥を捨てられず、背中を向けている。月明かりに輝く白い背中と小さなお尻。腰のくびれはほとんどなかった。美星ちゃんの年齢を考えれば、成熟を拒否したかのような幼児体型をしている。
「こっちを向いて……」
胸と股間を手で隠した美星ちゃんが、おずおずとこちらを向く。
僕は容赦なくその手を捩じ上げ、美星ちゃんの最後の砦を剥ぎ取った。
「綺麗だよ……美星ちゃん」
美星ちゃんが身に付けているものは、今は首に巻いているものだけだ。
いつかのように、美星ちゃんの髪に触れた。
その小さな頭を撫でてあげる。美星ちゃんの緊張が解けてゆくのがわかった。
「何だか……嬉しいです……」
目を閉じて、小鳥が母鳥から餌をおねだりするような、満ち足りたような、うっとりとした表情をしてみせる。
僕は優しくキスをして、壊れ物を扱うようにゆっくりと床に寝かせてゆく。脱ぎ捨てた着物の海へ、美星ちゃんの白い魚のような裸身を誘った。
美星ちゃんの上に再び覆い被さる。
その白くふるふるした首筋に、かぶりついた。
「きゃう――」
くすぐったさと興奮に声を上げた。
美星ちゃんは身体をくねらせ、懸命にシーツ代わりの着物を掴んでいた。
僕の踏破は次第に下半身に及び、臍の下に到達した。
「そこは、あまり……見ないで……ください」
美星ちゃんが震える声で懇願する。
「あうっ」
躊躇せず、顔面から突入した。唇を押し付け、舌でねぶる。
「……お兄ちゃん……」
美星ちゃんは意外なほどに敏感だった。
唾で濡らした中指を美星ちゃんの入り口にあてがった。
「うっ――う――」
狭い。
躊躇しながら、根元までを挿れた。
不自由さを感じながら、指を中で動かす。湿ってはいるものの美星ちゃん自身の緊張もあって、挿入には不安を感じさせる狭さだった。
けれど、僕自身はもう待ちきれなかった。美星ちゃんの小さな洞窟を貫きたい欲求を抑えきれず、僕は一気に美星ちゃんの細い両足を左右に開いた。
「このままで、いい……?」
美星ちゃんは涙目で、うなずいた。
「お兄ちゃんなら、いいです……」
僕は胸が熱くなり、両手を畳に付いてゆっくりと腰を沈めた。
「ふン、く――」
「大丈夫、緊張しないで」
挿れる――入らない。
そこは美星ちゃんの意思とは別のように、きつく閉ざされたままだった。
焦りを感じながらも侵入を試み続ける。
逸る意思に逆らうように、肉体は敏感に刺激に反応していた。
「うあっ、しまっ――」
……マヌケにも、暴発してしまった。
美星ちゃんは、泣きそうな顔になる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、私が頑張らなかったから……」
「い、いや……」
多分、気ばかりあせって我慢できなかった僕のが悪いと思うんだけど、必死になって謝る美星ちゃんにそれを言うことはできなかった。正直、自分が情けないとも思ったし。
だからかわりに抱きしめてあげる。
甘い香りがする髪にキスをして、そっと囁く。
「今日はきっとその日じゃなかったんだよ。いつかまた僕たちが結ばれる日がくると思うから、今日はこれまでにしよう」
おずおずと美星ちゃんの細い腕が僕の身体へと回されると、きゅっと力が込められる。
「はい。はい。そのときは必ず、お兄ちゃんを私に感じさせてください」
それを聞いて、僕の心臓がぎゅうとしぼられるような感じがした。たったそれだけのことなのに、叫びだしてしまいたいぐらい嬉しかった。
美星ちゃんの腕の力が抜けると、卵からかえったばかりの小鳥のように僕のことを見上げる。かすかに濡れた瞳が妙になまめかしい。
「キスを――」
両手が伸ばされて、僕の頬に触れる。
「キスをしてください」
ゆっくりと顔を近づけて、ちょんとくちびるに触れるだけのキスをする。
ふわりと美星ちゃんの顔に笑みが浮かんだ。
けれど、なぜだろう。
そのあどけなさの下に隠された本当の笑顔――まるで勝利者のような微笑みだなんて思った。
これで……わたしも、いっしょ――
s32彷徨―samayoi―【二回目】――完了
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シナリオ/ 無明ヲワル
シナリオ補佐/ 卯月桜
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