第4話 8月10日 過去探索1・月読
紙と埃の混ぜ合わさったような臭いというのは、古本屋にでも行かない限り、あまりかぐものではないと思う。
書庫というのだから、当然ながら湿気は厳禁で、地面から離れたところに書物は保管されている。それらをいちいち降ろして、紐解いて、確認して、また元へ戻すという作業は、ちょっとした苦行といってもいいかもしれない。
おまけに、密閉された空間だから、風も入ってこない。あっという間に汗だくになってしまった。
せっかく苦労をして和綴じの本やら巻物やらを取り出したとしても、僕たちの前には致命的な問題があった。
文字が読めないのだ。
もしかしたら、達筆と褒め称えるべき筆運びなのかもしれない。けれど、21世紀を生きる僕らにとってそれは、判別不能なミミズののたくったような謎の記号でしかなかった。
仮に文字が読めたとしても、今度は意味という壁が立ちふさがる。
古文でいい点数が取れたとしても、こういうところで役に立たなければ意味がないように思うのは僕だけだろうか。
そんなわけで、二日目にして、早くも先に進むべき方向を見失いつつあった。
「そういえば、嘉上神社っていつからあるものなのか知ってる? こんな立派な書庫があるんだから、古いのかなーとは思うんだけど」
ぱらぱらと読めもしない書物をめくりながら美星ちゃんに尋ねる。
「さぁ、詳しいことは私にもわかりません。もしかしたら、このなかに書いてあるのかもしれませんけれど……」
広げられた書物の山を見て、ため息をつく。探し出しても西暦で書いてあるわけではないから僕らにわかるはずもなかった。
さすがにいつまでも土蔵の中で作業を続けることは無理があったので、いったん外へ出て一服することにした。
夏だというのに涼しく感じられる。生きていることを実感する瞬間だ。
僕たちは土蔵の前に腰掛けてしばらく涼をとることにした。
「先ほどの嘉上神社の由来ですけれども、もともとは
「なに、その太陰信仰って」
僕の疑問に美星ちゃんはすぐ答えてくれた。
「信仰としてはかなり古いもので、縄文時代ぐらいからあったそうです。噴火や津波といった災害も、大漁、大猟、豊饒というものも、月の力によってもたらされるものであるという考え方ですね。お兄ちゃんは太陽信仰をご存知ですか?」
「……えーと、初日の出とか見るやつ?」
「はい、それも太陽信仰のひとつですね。太陽信仰は日の昇る海の際に祭祀の場を設けたのですが、太陰信仰は月の見える山の際に祭祀の場を設けたのだそうです」
「そうすると、神社という形はとってなくて、この山自体を信仰するための祭祀の場にしていたってことになるのかな?」
「はっきりとはわかりませんけれど、そうなのかもしれませんね。そのあとで、
「ごめん、日本神話って詳しくないんだ。そのツクヨミノミコトって神様なの?」
「そうですよ。
「ああ、その二人は聞いたことがある。アマテラスが天岩戸に隠れてしまった理由っていうのが、スサノオが悪さをしたせいだっけ?」
「そうですね。そのときに
「へぇ」
なんだかすごく勉強になる。
「そうすると、嘉上神社が祀っているのはそのツクヨミノミコトって神様なのかな?」
「そうです。正確には、そのお姿――つまりはお月様を映し出すカガミですね」
「カガミって、あの鏡?」
美星ちゃんは正解ですとでもいうように、にっこりと微笑んでくれた。
「その鏡です。私も見たことはありませんけれど、ちゃんと祀ってあるそうですよ。おそらく、嘉上神社の『かがみ』というのは、この御神体からきているのだと思います」
「え? だって漢字が違うじゃない」
「昔は音に意味があって、あてられた漢字というのは発音が同じならばそれほど気にされなかったという話です。ですから、私や姉様が奉納の舞をするときは『
どういう漢字をあてるのか、さらさらと綺麗な文字を書いて教えてくれた。
「いやー、そんなこと全然知らなかったよ。美星ちゃんはすごいなぁ」
「そ、そんな。私は学校の成績もあまりよくはありませんし……」
つぶやいて頬を染める姿がとても可愛らしい。
でも、学校の勉強があまりできなくても、こういうことを知っているほうがよっぽどすごいのではないかと思う。
美星ちゃんの意外な一面を知ることができただけでも、今回のことは意味があっただろう。
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