第5話 8月11日 過去探索2・ミイラ

「いったー」


「だ、大丈夫ですか、お兄ちゃん」


「……うん、大丈夫。ちょっとドジっちゃった」


 腰をさすりながら立ち上がる。上にあった箱をとろうと思ったらバランスを崩してしまった。ちょっとかっこ悪い。


「あら?」


 美星ちゃんが50センチぐらいある箱を手にしていた。どうやら僕が取ろうとした箱も一緒に落としてしまったらしい。中身は大丈夫だろうか。


「何か書いてあるみたいですけど、箱書きはほとんど消えてしまっていますね。あ、封印のための紙が破れています……」


「ご、ごめん」


「大丈夫だと思いますよ」


 美星ちゃんが笑顔でフォローをしてくれているけど、うかつだった。もう少し慎重にやったほうがいいだろう。


 美星ちゃんは困ったように僕のことを見上げている。どうやら手にした箱を開けていいかどうかを迷っているらしい。


「ちょっと僕に貸してくれるかい」


「はい、構いませんよ」


 封印されていたものを自分で開けるのが気になっていたのだと思って、僕がその役を買って出ることにした。多分、呪われるなんてことはない……と、思う。


「開けていいかな?」


「え? あ、あの……その……」


 きょろきょろと視線を彷徨わせて迷っていたみたいだったけど、最後は僕のことをじっとみつめてうなずいた。知りたいという欲求のほうが上回ったのだろう。

 それを確認してから、僕は箱を開けてみた。


「なんだ、これ」


 それは、一見、干物のように見えた。いや、剥製みたいなものだろうか。


 細い棒状のものは毛に覆われて、先は5つに分かれている。それはまるで人間の指先のようで、その先は尖って――指先?

 不意に、この得体の知れないものの正体がなんなのか、僕にはわかった。


 これは見たことがある。

 だってこれは、僕の右手にそっくりじゃないか!


「何かの剥製でしょうか? お猿さん、とか? でも、お猿さんの爪ってこんなに長いものなのでしょうか、お兄ちゃん」


 美星ちゃんの言葉が僕の身体を素通りしていく。

 どうしてこんなものがここにあるのだろうか。


 いや、むしろ当たり前すぎるのかもしれない。

 美空先輩が言っていた。嘉上家は狗神の血を伝えているのだと。その証拠がこれだとしても不思議ではないだろう。


 美星ちゃんは一緒に落ちてきたノートを手にしている。多少紙が年を経て焼けているようだけど、どこにでもあるようなノートだった。

 ――ノート?


「お兄ちゃん!」


 興奮したように、美星ちゃんが僕の袖をつかむ。


「これは父様が書かれたものです」


 確かに署名には嘉上かがみ誠一郎せいいちろうとあった。美星ちゃんと先輩のお父さんの名前だ。

 すると、これはおじさんが調べた結果をまとめたものなのだろうか? ざっと見た限り、10冊ほどあった。かなりの分量だ。


「もしかしたら、父様も私と同じように調べたのかもしれません。これを読めば――」


 これを読めば、何かがわかるかもしれない。

 美空先輩や僕が化け物であるということが、わかってしまうのかもしれない……。

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