第15話 8月29日 剣鬼[他者視点]
藍色のリボンをつけた額辺の女中が、あの美味しいコーヒーを入れてくれた少女が、わたしの前に両手を広げて立ちはだかった。
同族狩りである、このわたしの前に、立った。
「なんのつもり?」
大鎌は構えたままで問いかける。
「二人には手を出させません」
それだけ言うと、少女は懐から幾枚もの符を取り出した。
「師にも就いていない無銘の宿曜が友切と戦おうというの? 千年早いよ」
わたしの言葉を無視するように、少女は右手で剣印を結んで空間を切り分ける。左手に持っていた符がばらまかれると蒼い炎をあげて展開した。
その炎に照らし出された少女の顔は緊張のためか白を通り越して真っ青だった。
これは、蛮勇というべきだろう。
夜属にも種族によって得手不得手がある。
たとえば、水の中では水蛟や
夜属とはそうした
わたしの一薙ぎで、すべての炎が消えた。
「そんな……」
宿曜は戦いには向いていない。いや、いくつか侮ることのできない攻撃手段があることを承知してはいるが、それをしても戦いには向かない。
如何に大宿曜であれ、単純に正面からぶつかり合う戦闘においてはわたしに勝つ術はないのだ。
だが、この少女はわたしの前に立ちはだかっている。膝はがくがくと震え、歯の根も合っていない。
戦い慣れていないのは一目瞭然だった。
にも関わらず、わたしの前に立っている。
「友切の邪魔をすることの意味を知らないわけではないだろう? 覚悟はできている、と判断する。
――剣鬼として堕ちた三日月宗近と共に、汝を断罪する」
ずいと間合いを詰める。
「……や……ねえ……さん」
藍染めを自らの血で赤く染めた妹のかすかなつぶやきがここまで届いた。
「あなたはそこで待っていなさい。私は負けない。あなたを護るためなら、世界だって敵に回してみせるっ。だから、お姉さんに任せてそこで待っていなさいっ!」
藍玉は、まっすぐにわたしの目を見つめてそう言ってのける。驚くべきことに、その声はほとんど震えていなかった。精神力で溢れ出ようとする恐怖を押さえ込んでいるのだろう。
しかし、世界すら敵に回してみせるとは恐れ入った。
サトゥルヌスの鎌を構えた友切たるこのわたしを前にして、これだけはっきりと戦いの意志――しかも勝つ気でいる――を見せる者は、本当に数えるほどしかいなかった。
だが、そのいずれもが処断されているという事実は変わらない。
わたしが命を散らすその日まで。
「いい度胸だ。柳田師が後継にと希望したのも納得がいく。だが、わたしも自らの使命は果たさねばならん」
この少女のとっている行動が不可解、というわけではなかった。
人は護るべきものがあるときには強くなる。それはわたしにはないものだが、不快ではなかった。
だが、わたしは夜に呑まれた者を見過ごすわけにはいかない。
それこそがわたしの存在意義なのだから。
ふたつ、呼気がもれた。
「覚悟」
「行きます……!」
少女の虚を突くように先を取って間合いを詰め、さらに後ろへと回る。おそらく、わたしがどこへと消えたかすらわからなかっただろう。
大鎌を振り上げる。
そのとき、かすかな、だが無視できない殺気を下から感じた。
ぱっと上へ跳ぶと、とんぼをきって降り立った。
倒れていた紅玉がわたしの足首をつかもうとしたらしい。鬼の怪力でつかまれれば、人間並の耐久力しかないわたしの足首など骨まで粉砕されていただろう。
「待ってください、安土さん」
声とともに、滑り込むように一つの影が、再びわたしの前に立ちはだかった。
「……汝も処断を望むのか、少年」
割り込んだのは、先ほどまで宗近と戦っていた少年、狭山宗哉だ。
さすがに人狼というべきか、切断されていた腕は繋がっており、出血は止まっている。とはいえ、動かせば激痛が走ることにかわりはないだろう。
わたしの視線を受けた少年は、さすがに緊張の色を見せ、少し怯えながらも、断固としたものを感じさせる口調で話し始めた。
「彼女は試練に失敗しました。そして一時、自分を失いましたけど、今は正常です」
「そんなことはわかっている。だが、一度堕ちた者は魅入られる。そのような危険な者を野放しにするわけにはいかない」
――それがわたしの使命。
――それがわたしの存在意義。
――それがわたしの心を殺すことになろうとも。
「聞いてください。僕には九十九のことはよくわかりませんけど、あの刀さえなければ、彼女は暴走することはないんじゃないですか? それで済むのなら、そうすればいいじゃないですか」
――確かに、この少年は九十九のことをまったく知らなかった。
わたしは思わず苦笑してしまう。
押し殺していたものが解き放たれていき、わたしは知らず知らずのうちに肩の力を抜いていた。
「ほんとに、君は九十九を知らないね。九十九にとって、自分と対になる器物は命も同然。これを失えば、九十九としての生命は終わったといってもいいんだよ」
「え? じゃ、じゃあ……」
うろたえる少年が微笑ましくて、わたしはまた笑ってしまった。
「まあ、それについては本人に聞こうか。
宗近――いや、雪花。君はどうしたい?
九十九としてここで生命を終えるか。それとも、刀を捨て夜属を捨て、ただの人間として生きるか。
好きな方を選ぶんだね」
そう問われて、雪花は血に濡れた三日月宗近を呆然としたままの目で見つめた。
無理もない。今までの自分を捨て、新しい自分になるといえば聞こえはいいが、それは未知なる荒野に裸同然で放り出されることに等しい。
それは、ここで死ぬという以上の恐怖だろう。
だがそのとき、か細い声が雪花に届いた。
「だい、じょう……ぶです……せっかさ……いえ、せっちゃん」
呼びかけられた雪花の目が大きく見開かれる。
「わ、私が……いますから……ね、えさんと……私がいますから……」
倒れたままの紅玉が、雪花の方へと手を伸ばす。
「……こ、こうぎょ……はん……」
がらん、と乾いた音を立てて、三日月宗近が地面に転がった。
雪花の手に抱きしめられているのは刀ではなく、必死に差し伸べられた紅玉の白い手だった。
「……決まりね」
〈銀〉が確認するように、わたしの方を見た。
軽くうなずいて大鎌を一振りすると、左の掌からそれを収めた。
「なら、わたしは知り合いの木霊を呼んでくるわ。山を越えた先に
言うが速いか、〈銀〉の姿はあっという間に闇夜にかき消えた。口にはしなかったが、左腕を斬られた少年の傷も気になっているのだろう。
その少年といえば。
「なぜ、斬られる危険を冒してまで、わたしの前に出てきたの? わたしが話を聞くという保証もなかったのに」
少年は照れたようにぽりぽりと頭をかいた。
「えっと……その、安土さんは、できることなら誰も斬りたがってないように見えたからなんですけど……」
「ふぅん」
何と言っていいのかわかりかねて、わたしは短くそう、とだけ答えた。
ほんとに……変わった少年だ。
でも。
「君が十年早く生まれてたらねぇ」
十年も経てば、きっとこの子はいい男になる。
「え、どういう意味ですか?」
意味がわからず問い返してくるのを、確信犯的な笑みでごまかす。
なおも聞きたげな少年の顔を横目で見ながら、わたしは煙草に火を点けた。
額辺の女中の二人と、少年の勇気ある行動のおかげで、確かに誰も死なずに済んだ。
だが、〈試儀〉もまた、失敗した。
それは三日月宗近の一時的な死を意味する。
次の主が現れるまで、宗近はしばしの眠りにつくことだろう――
s45一初/朝顔/木蔦【剣鬼】――終了
――――――――――――――――――――――
シナリオ/ 卯月桜
シナリオ補佐/ Nekko
VOID
ひごの朴泉
狭山重郎[さやま・じゅうろう]
宗哉の伯父さんにあたる人物。ちなみに元自衛官で、『ブーメラン』『リターナー』とも呼ばれていたらしい。現在は加賀瀬高校の近くにある喫茶店『タラモア・デュー』を経営している。喫茶店は美味しいコーヒーとそれ以上に美味しいパフェで有名。
アンヘルとも繋がりがあると噂される。また、夜属の世界でもある程度、名前は知られているらしい。
タバコの銘柄はゴロワーズ、お酒はアイリッシュ(特にタラモア・デュー)が好みな、自称、ハードボイルド。
安土月子[あづち・つきこ]
夜属の九十九。巨大な鎌を武器とし、『友切』の二つ名を持つ。夜属の範疇からはみ出しそうな者(新たに覚醒した夜属など)を監視し、そして実際にはみ出した者を狩り、闇に葬るのが使命。
芙貴初穂[ふき・はつほ]
今代の芙貴の君。額辺乎子、安土月子とは高校時代のクラスメイトでもあった。
美しいもの、この世に一つしかないものを好み、集めることに情熱を傾けている生粋の
額辺乎子[ぬかたべ・かこ]
水蛟の血を伝える額辺家の現当主。真っ赤な着流しには派手な牡丹の刺繍が施されており、常人とはちょっと違うセンスの持ち主であるらしい。
藍玉[あいぎょく]
額辺家に仕える女中のひとり。双子の妹である紅玉とそっくりであるため、藍色のリボンが目印となる。
紅玉[こうぎょく]
額辺家に仕える女中のひとり。双子の姉である藍玉とそっくりであるため、紅色のリボンが目印となる。
友里雪花[ともさと・せっか]
8歳の頃に新しい三日月宗近の九十九として選ばれ、友切によって額辺家につれてこられた少女。それ以来、基本的に屋敷から外へ出たことはない。
陽羽蘭子[ひわ・らんこ]
木霊の癒し手。小柄で童顔、若干人見知りをするがのんびりとした性格をしている。性格のためか話し方も間延びしており目上の人にも口調が変わらない。
現在は夜属関係者が運営している牧場で下働きしている。主に牛の世話を担当しており意思の疎通まで可能なのだとか。
投稿キャラクター。
タラモア・デュー[たらもあ・でゅー]
大通りから一本中に入った場所にある、四人掛けのテーブル3つ、カウンター席が6つだけのこぢんまりとした喫茶店。
マスターの趣味で美味いコーヒーをモットーとしているが、実のところアルバイトである杣木沙雪がいれるコーヒーの方が美味しかったりする。コーヒーは美味いが、パフェはそれ以上に美味しいので、女子高生にも評判。それがマスターには悩みの種らしい。宗哉たちの通う加賀瀬高校の近くということもあり、下校時間などは女子高生の溜まり場と化している。宗哉の他、杣木沙雪がアルバイトをしている。
店の名前の由来は、アイリッシュ・ウィスキーの銘。モルトの香りの生きるアイリッシュ・ウィスキーの代表的な一品。アルコール度数40度。店に何故か常備されている。
イーグルス[いーぐるす]
1972年にデビューした、アメリカのロックバンドグループ。ウェストコースト・ロックを完成させたとも言われる。
1977年に出された「ホテル・カリフォルニア」は名曲中の名曲である。
角のたばこ屋[かどのたばこや]
何十年も決まった時間に店を開き、決まった時間に店を閉めるたばこ屋。それゆえ、近所では時計代わりに利用している人もいるとか。
可愛らしい孫娘さんがおり、かつての乎子様は彼女に心惹かれていたらしい。
カフェイン[かふぇいん]
無臭で苦みのある白色の針状結晶。神経中枢を麻痺、興奮させる効果のある劇薬。主にコーヒー、ココア、緑茶などに含まれる。強心剤、利尿剤などにも用いられる。
タンニン[たんにん]
五倍子、没食子などからとった黄色の粉。収斂性がある。インキ、染料等の原料、皮をなめすときなどに用いる。
月子のお勧め度[つきこのおすすめど]
非常にマイナーなグルメ雑誌『UMAIZO』のライターをやっている、安土月子の美味しいものレビュー。
星印でランクが表現され、最高は星五つ。ちなみに、黒い星の時はマイナス評価。美味しさだけではなく、値段などの費用対効果も評価の中に含まれるらしい。
軟水[なんすい]
カルシウム、マグネシウムの塩類を少量しかふくまない水のこと。
対語は硬水。こちらはカルシウム塩類、マグネシウム塩類を比較的多く含んだ水。
オムライス[おむらいす]
藍玉さんのポイントに従って実際に作ってみよう! 卵を焼くときはアブラを多めに使うのがポイントだ。
とーちゃん・かーちゃん[とーちゃん・かーちゃん]
芙貴の君は友切と乎子をこう呼ぶが、呼ばれる方は大いに気に入らないらしい。性別、ひっくり返っているし。
ちなみに、高校時代の友切――なお、当時この名は継いでいない――を芙貴初穂は「がっちゃん」と呼んでいた。どうやら芙貴の君は相手の名前をこのように省略して呼ぶことが多いらしい。
鬼[おに]
夜属の一種族。
夜属でもっとも破壊に長けた一族で、肉体そのものを駆使して戦うことを得意とする。稀に火を操ったり、なかには衝撃波を放つ者もいるらしい。
概して、血気盛んで大雑把。考えるよりも先に行動をする者が多いとされる。一族を束ねる長を決定する方法が「殴り合って最後に立っていたもの」という実にシンプルなものであることから、その性質がうかがい知れよう。
日本神話に登場する鬼は、かつての彼らの姿であることが多い。大江山の鬼退治で知られる酒呑童子や、羅生門にて腕を切り落された茨城童子などが有名だろう。
今では、岡山の浦一族などがその血を継いでいる。
木霊[こだま]
夜属の一種族。
自然と語らい癒しをもたらす種族。彼らは山を棲処とし、山という神の声を伝える司祭であり、巫女という立場にあるものたちである。
古来より山は異界であり、人が踏み入ることのできる場所ではなかったが、近代界に伴う開発により一族の数はかなり減少しているらしい。
彼らが象徴するのは森であり、山であるため、中には植物や動物と意志疎通をしたり、それらを操ったりする者もいるといわれている。
沖縄の森の精霊・キジムナーや、菅原道真を慕って大宰府まで飛んでいった飛び梅なども木霊のひとつの姿である。
人狼[じんろう]
夜属の一種族。狗神の別名。あるいは、「ひとおおかみ」と読むこともある。
獣の姿をとる者たちの中で、狼(狗)の姿に変身できる者たちのことをいう。人狼と呼ぶこともある。
鋭い牙と爪を持ち、スピードに優れ、狩りを得意とする。特に集団での狩りには定評があるが、今は狗神に覚醒する者が少なくなり、やがて絶滅するのではないかといわれている。
代表的な家は、嘉上家、
宿曜[すくよう/しゅくよう]
夜属の一種族。
もともとは人の身でありながら、膨大な知識を継承することにより人を越えた存在になった者たちのこと。古くから存在したものの、夜属として迎えられたのは比較的新しい。
知識を蓄え、それを継承することこそが宿曜のあり方で、失われてしまったさまざまな知識、歴史、文化、技術などを今に伝えている。余人には理解できない理論を駆使し、多様な魔術や使い魔、式神といったものを操ることが可能。
夜属とはいえ、もともとはヒトであるために他の種族からは嫌われているが、宿曜の知識や能力は決して侮ることはできない。
夜属とは血脈により受け継がれると考えられているため、宿曜のように血に関係なく覚醒する者を迎え入れることを喜ぶことは少ない。表立って争うことはほとんどないが、古い血筋を伝える家ほど宿曜に対する態度は露骨になる。
柳田杏子と名乗る大魔法使いが著名。
九十九[つくも]
夜属の一種族。
本体は器物であり、それを使いこなせる者と一対で九十九と呼ぶ。九十九とはいわゆる付喪神のことで、古くから存在するものほど九十九としての存在価値が高くなるとされる。武具、楽器、面、鏡などが代表的な例。
また、有力な――つまり古い、強力、有名といったもの――九十九を有する家は家格が高いとされ、夜属内での発言権もそれに比例して高くなる。
額辺家の持つ『三日月宗近』や、家筋に九十九が生まれやすい安土家などが有名。
土蜘蛛[つちぐも]
夜属の一種族。別名、
幾多の糸を操って空間や精神、情報を操るのを得意とする。夜属ではかなり組織化されており、現代社会にもっとも適合した一族であるとされる。
長の統括のもとの結びつきは非常に強固であり、内部の序列など締め付けはかなり厳しい。また長に女性が就くことが多いのも特徴である。
その長は
芙貴、山瀬、葛城、瀬織が四大名家とされる。
天狗[てんぐ]
夜属の一種族。
翼を持ち天を駆けるもの。頭まで変身するものは鴉天狗と呼ばれることもある。力あるものに手を貸す一方、他人をからかうことを生き甲斐とする困った面を併せ持つものが多い。
力ある天狗は空を翔け、風を操り、時には幻術を駆使するといわれているが、今日では自由に空を飛ぶ能力は滅多と見られない。彼らの協力を得たいときは、光る物(貴金属等)を用意するといいらしい。
源義経を鍛えた天狗などが有名だろう。
水蛟[みずち]
夜属の一種族。
主に鱗を持つ者たちの総称で、
かつての水蛟は天候すら操り、神として崇められていたが、最近ではその能力を持つ者も少なくなっている。なお、強い力を使った際には、左目が淡く発光する。
日本各地に残る竜神伝説のいくつかは、彼らのことである。また、九州の太宰府天満宮に祀られる菅原道真は水蛟族であるとされる。
額辺家は槻那見町一帯を治めていた有力な家である。
神速[しんそく]
目に見えないほどの速度で移動、行動が可能となる能力のこと。人狼に使い手が多い。短距離だけではなく、長距離にもその効果はあり、一日にかなりの距離を移動することもできる。
美空が額辺の屋敷へ行くときに疲れを見せないのはこの能力以上に身体を鍛えているのが大きいと思われる。
山姥[やまうば/やまんば]
山中に棲む年たけた女のことを言う。背が高く、口が裂け、髪の毛が長く、子供をさらって食べてしまうといった言い伝えがあるが、一方で里へ出てきて幸運を授けてくれるので崇められたという話もある。
元来、山は異界であり、立ち入りを禁じられていたが、勢力争いに敗れた土着民が山に住み着いたという話もあり、彼らのなかの女性がそのように見られたという可能性は充分に考えられる。
山ノ神と同一視する地方もあり、それは山に住まう狼の首領が老婆に化けたり子育てをしたりという話につながっているのかもしれない。
また、山ノ神を祀る巫女が山姥の原型ではないかという考えもある。
サトゥルヌスの鎌[さとぅるぬすのかま]
安土月子の振るう大鎌。柄の長さ約1.7メートル。刃の全長1メートルほど。無銘であったが、今代の友切が手にしてからその名がつけられた。
もともとは欧州あたりで造られた武器であるらしいが、いつ、どのようにして安土家へと伝わったのかは不明。
月子が本気になったときのみ、『生命を刈る』能力を発揮する。これは対象となる肉体ではなく、存在するための生命エネルギーへの攻撃を可能とする。効果は絶大で、不可視の刃が触れただけでも生命力がごっそりと奪われる。
ただし、この能力を発動させることは使用者にとっても負担となり、場合によっては己の生命力を奪われかねない危険性もあるので、まさに諸刃の剣と言えよう。
鬼の長[おにのおさ]
鬼族の長のこと。長の決定方法は千年以上も昔から変わっていない。その方法とは『殴り合い』。どつきあって一番強かった者が長になるという単純かつ豪快な方法である。長になった途端に殴り倒されて長の資格を剥奪されるなど、三日天下どころか一日も保たない例もあり、もはや現在の長が何代目かなどは誰もわからないほどに変遷が激しい。しかしそれゆえに、鬼の長とは夜属の中で最も強い者の一人と目されるのも事実である。
現在の岡山地方に根ざす鬼族の長は、額辺家に仕える双子の女中の父親。
避子[さかご]
夜属は血族を重視し、実際に鬼の血脈からは鬼が、水蛟の血筋からは水蛟が目覚めることが多い。だが、たまにその血筋とは違う夜属が覚醒することがある。それを避子と呼ぶ。
滅多に起こるものではないが、不吉の象徴――つまり避子は血を継がなかった者であり、そのままでは血筋が絶えてしまうと考えられているため――として忌み嫌われる。避子は殺されることこそないものの、血筋が違う夜属の家へと里子に出されるのが慣例となっている。
藍玉の場合、夜属でも好ましく思われていない宿曜に覚醒したため、通常の避子のときよりもいっそう嫌われたらしい。
友切[ともきり]
同族狩りの家柄の中でも、群を抜いた実力を持つ者に付けられる二つ名。今代は安土月子で、十三代目である。いつの時代にも存在するわけではないのは、土蜘蛛族の『芙貴の君』や狗神族の〈銀〉と同じ。
銘の由来は、源為義が所持していた刀剣『獅子の子』が、それより二分ほど長かったもう一つの刀『小烏』と一緒に置いておいたところ、誰も触れぬのに小烏を己と同じ長さに斬ってしまって以来、『友切』と名を改められた故事より。
型からはみ出した者を斬り、秩序を整えるという意味を持つ。
芙貴の君[ふきのきみ]
土蜘蛛族すべてを束ねる長。今代は芙貴初穂がその役についている。
もともと土蜘蛛族の四大名家とされる、芙貴、山瀬、
土蜘蛛族はもともと情報収集、情報操作に長けるが、それは独自の情報網(通常は「網」。「ネット」ともいう)を持っているからである。芙貴の君は一族でも最大にしてもっとも細かい網を有しており、あらゆる情報が集まるとされる。
三日月宗近[みかづきむねちか]
天下五剣のうちの一振り。打ちのけと呼ばれる刃紋の形状から三日月の名を冠する。国宝として指定を受け、東京の博物館に保存されているが、それは実は影打ち。
真打ちは額辺家が所蔵する九十九である。九十九の刀としては最上の部類に入り、友里雪花が使用する場合には斬れ味を飛ばす能力を発揮する。
五十狭芹彦[いせさりひこ]
備冠者を対峙するために朝廷が派遣した将軍の一人で、おそらく弓についた九十九であろうと考えられている。
備冠者[きびのかじゃ]
第十代崇神天皇の頃に大陸――百済――から渡ってきた鬼のこと。またの名を
強力な能力をもつ鬼だったが、九十九と考えられている五十狭芹彦に討たれた。このとき、左目を矢で射抜かれたため、浦の一族では強力な能力を持つ者ほど、左目の視力が弱くなる傾向が強いとされている。
安土家[あづちけ]
いわゆる同族狩りの家柄。道を踏み外した夜属『ケモノ』を狩ることを専門とする。また安土一族の中で最も強い者が『友切』の二つ名を襲名することになる。現在は十三代として安土月子がその座にある。通常の夜属が担う、忌を狩る義務は負っていない。
彼らは個人ではなく独自の『掟』に剣を捧げており、これに逆らうことはアイデンティティの崩壊へと繋がる。
必要悪とはいえ、同胞を狩るという役目柄、他の夜属からは忌み嫌われている上、危険な役目でもあるために一族の平均寿命は極端に短い。
九十九の血筋を引く古い家柄であり、芙貴家、額辺家と長い付き合いがあるとされている。
浦一族[うらいちぞく]
岡山に根を下ろした鬼族たちのこと。一族を取りまとめる長を中心に今でもかなりの勢力を保っている。
もともとは吉備地方に根ざしていた百済出身の温羅が祖先であり、古くから一帯を支配してきていた。時の朝廷により温羅は討伐されたがその後も血脈を保ち続け現在に至る。なお、
一族は主に土木建築業を営んでいるが、鬼としての気性ゆえに解体作業の方がメインになっているらしい。というか、はっきりいってそっちのほうが得意であり、作業の進捗は半端ではないという笑えない話もあったりする。
現在の長は額辺家で女中をしている藍玉と紅玉の父親。長躯で声が大きくて厳つい顔をしていて怖く、左眼はほとんど見えていない。一方、酒好きで涙もろい一面も持つ。実力は夜属でも屈指で、友切と互角にやり合える数少ない夜属の一人。その絶大な戦闘能力と人望から、長期に渡り長を務めている。
なお、左眼の視力が弱いのは、浦一族の鬼として能力が高い者の共通した特徴である。
額辺家の女中[ぬかたべけのじょちゅう]
双子の姉妹のこと。姉が藍玉で妹が紅玉。頭につけたリボンの色で判断しないとどちらがどちらなのかわからないほどよく似ている。なお、リボンの色は藍色と紅色。
芙貴家[ふきけ]
土蜘蛛族の四大名家の一つ。厳密には、他の三家よりも若干家格は高い。今代の芙貴の君を輩出しているが、必ずしも芙貴家から出るわけではない。女系家族らしい。
飯綱[いづな]
目に見えない攻撃を飛ばして相手にダメージを与えることのできる能力のこと。衝撃破、切断など効果はさまざま。当然ではあるが、距離が開けば開くほど効果は低くなる。また、閉鎖空間などではその効果を十分に発揮することはできない。種類によっては極めて有効な攻撃手段となるが、基本的に夜属にこの手の攻撃を得意とするものは少ない。宿曜の符術や魔法、式神といった類とは系統が異なる。
なお、雪花の能力は切断である。
手当[てあて]
木霊の多くが有する能力で、文字通り手を当てているだけで患部を治療してしまう能力。強い能力者になると癌などといった重度の疾病すらも治療してしまうらしい。
九十九の剣で腕を切り飛ばされた宗哉が比較的はやく日常生活に戻ることができたのは、美空が呼んできた木霊の少女の治療によるところが大きい。
額辺の一帯では、
符術[ふじゅつ]
宿曜たちの使う、あらかじめ用意しておいた呪符を使って行う法術のこと。その場でとっさに効果のある呪符を作り出すこともできるが、時間をかけて用意した呪符のほうが効果は高い。
藍玉が使ったのは、青い炎によって攻撃を防ぐという術――『蒼炎呪符結界』と命名しているらしい……命名は個人の自由である――で、同時に展開させた炎の数は多くの宿曜のそれをはるかに上回る。それだけの術を使いこなす藍玉の能力は特筆に値するが、さらにそれを一薙ぎで消してしまった友切もまた桁外れの能力をもっていると言えるだろう。
剣鬼[けんき]
ケモノに呑まれてしまった九十九(特に武具)のことを言う。
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