第3話 9月21日 待機※

 僕は、展示などで使われていない教室を見つけてそこへ入った。

 引き戸を閉ざすと、天川祭の喧騒は一際遠くへと追いやられた。まるで世界から隔離されてしまったかのような強烈な孤独感が僕を包み込む。


 午後の陽射しは、ゆっくりと傾いてゆく。

 開いた窓から風に乗ってくるさざめきが、僕の孤独感を煽る。

 先輩との気持ちが、知らぬ間にこんなに離れていたなんて――




 西日に赤さが混じり始めた頃、教室の外に足音が響き始めた。

 常人では聞こえないささやかな音。階段を上り、廊下のタイルを踏みしめて、一歩ずつこの教室に近づいてくる。


 ――来るのか。

 百道先輩の記憶が、脳裏にオーバーラップする。

 僕は、静かに両手に力を込めた。


 足音が止まった。

 教室の引き戸が、軋んだ音を立ててゆっくりとスライドする。

 良く見知った顔が、そこにいた。

 百道先輩では、ない。


「美星ちゃん……!?」


 つい二時間ほど前に別れたばかりの、美星ちゃんがそこにいた。


「お兄ちゃん……」


 僕の耳がその懐かしくすら思える声を脳に運ぶのにはちょっとした時間がかかったに違いない。


「美星ちゃん……どうしてここに?」


 僕は身構えることも、取り繕うこともできずに、何とも間の抜けた具合に彼女を見ることしかできなかったのだから。


「ここは危ないから、早くみんながいるところへ行くんだ。ここにいたら……戦いになったら、ちゃんと君のことを守れるかわからない」


 美星ちゃんはふるふると首を振るだけだ。


「やはり、お兄ちゃんのことが心配です」


 彼女が身に纏っているメイド服は、僕が遠くに置き去りにしてしまった日常をわずかに想起させる。けど、不思議とそれは夕闇に近い教室の中で、僕に近しくも思われた。


 美星ちゃんは、しばらくの間、僕をいつもの困ったように小首を傾げた表情で見遣っていたけど、そのうちに笑顔を作って僕の傍に小走りに近付いた。


「一緒にいてはいけませんか?」


 夕焼けを映して紅く輝く瞳が僕のことをただじっと見上げている。それは、全てが黄金に輝いている西日の当たる教室の中より鮮烈に。


「姉様のことは好きです。けれど、私はお兄ちゃんのことも大好きですから、できればみんなで一緒にいたいのです」


 ひび割れた僕の心に、その言葉が楔のように深く喰い込んだ。


「お兄ちゃんは、私のことがお嫌いですか?」


 夕陽の眩しさに目を細めることも許されず、僕は美星ちゃんだけに見入っていた。


「お兄ちゃんは、私のことが好きですか?」


 僕の心に詰まった湿った重たい砂が、さらさらと崩れ落ちてゆく。

 あの時から――たぶん水緒と別れた時から、ずっと心を塞いでいた扉が開いてゆく。

 黄金色に輝く天使が、そこにいた。


「好きだっ」


 胸の奥から込み上げてくる熱いものが、僕の喉をせり上がり、唇を割って言の葉を紡ぎ出した。


「美空先輩より、誰より――美星ちゃんのことが好きだ」


「――うれしい……です」


 微妙な戸惑いを感じさせる間があった。

 夕陽に煌く滴が、美星ちゃんの睫毛からはらはらと零れ落ちていく。

 それを手の甲で拭う美星ちゃんが――

 愛しくて。

 切なくて。

 儚くて。


 だから僕は、その手を握り、

 だから僕は、その肩を抱き、

 だから僕は、その唇を吸った。


 全てが赤かった。黄金色から赤へと彩りを変えゆく斜陽の中、僕達は息を殺して互いを奪い合った。


 舌。とろけそうなほど、それは柔らかく優しかった。美星ちゃんが差し出すその柔らかく優しいものを、僕は包み込むように口の中で転がし吸った。

 息。時に熱く、時に切なげに、それは切れ切れに美星ちゃんの可愛らしい鼻孔から漏れてくる。


 首筋を貪った。白く仰け反った喉に激しく口付ける。そのまま、自然の動きに任せて美星ちゃんの背後に回った。

 胸の下に、美星ちゃんの頭が見える。身長差を埋めるために、僕は美星ちゃんを後ろから抱いたまま教室の机の上に腰を下ろした。


「教室で……変な感じが、します……」


 喘ぎながら美星ちゃんが肩ごしにこちらを見る。普段は勉強する教室、それも机の上で淫らに耽る罪悪感に、その瞳は弱々しく潤んでいた。

 数えるほどしかないけれど、僕はこうして美星ちゃんと肌を触れ合わせてきた。


「今は、僕たち二人だけだから……」


 服の上から胸をまさぐり始めると、電気に打たれたように美星ちゃんが身を震わせた。


「服の上から触っただけなのに、そんなに感じるんだ?」


「違います……お兄ちゃんに触られているから……です」


 背中にあるジッパーに手をかけて、ことさらゆっくりと降ろしていく。

 まるで蛹から蝶へ脱皮をするように、徐々に白い背中が現れ、夕陽に赤味を帯びて映える。

 ブラをずらすようにしてささやかなふくらみを持つ胸に手を添える。

 指の腹で、柔らかくしこった突起を刺激すると、美星ちゃんの吐息が急速に湿りを帯びてくる。


「あ……は……」


 紅潮した耳朶を軽く噛みながら、乳首を延々と責め続ける。美星ちゃんはぐったりしながら、切れ切れに声を漏らし続けるだけだ。


「いや……胸ばかり、責めないでください……」


 美星ちゃんが、恥ずかしそうに振り返る。


「胸は、嫌?」


 いやいやをするように美星ちゃんは首を振った。


「気持ちいい……です。でも……」


 その可愛らしい反応が、たまらなくいやらしい。

 美星ちゃんのお尻の下で、股間は既に熱く張り詰めていた。そのズボン越しに感じる、美星ちゃんの温度。

 スカートの中に手を突っ込んだ。下着の上から股間をまさぐると、そこは既に熱く湿っていた。


「よ、よごれてしまいますから……」


 美星ちゃんは僕に後ろから抱えられながら、器用に下着を抜き取った。くるくると小さく丸められた下着が足首に絡まっている。

 なんとなくそれが、場慣れしているというか、美星ちゃんの中の冷静な部分を感じさせる。


 こういった行為は初めてではない。

 僕は、美星ちゃんを知っている。

 美星ちゃんが、どこをどうすれば感じるのかを知っている。

 天川祭の喧騒も、僕ら二人には遠かった。

 ここには僕たち二人しかいない。


「して……ください。お兄ちゃんの……を」


 美星ちゃんが、消え入りそうな声で懇願する。

 ぴたりと先端を当てると、ぴちゃりという水っぽい音がした。すっかり濡れそぼっている。体の小さい美星ちゃんのそこは当然狭くて、しっかりと濡れていないと苦痛のみになってしまうけれど、これだけ濡れていれば大丈夫だろう。

 ゆっくりと下から押し込むようにしてあてがう。


「うん……」


 切ない吐息を漏らしながら、美星ちゃんが不器用に僕を呑み込んでゆく。


「大丈夫?」


 こちらを見る余裕もないみたいで、ただがくがくと首を前後にゆするだけの美星ちゃん。


「ふあっ……」


 途端に白い背中が緊張をして固くなる。まるでなにかを堪えるようにして身体が震えていた。


「っく――はあっ」


「全部、入ったよ」


 後ろから抱きかかえて囁く。


「動いていいかな?」


 小さく首が前後に振られるのを見て、僕は美星ちゃんの両腕を掴み、ゆっくりと下から腰を突き上げてみた。


「ふわぁっ」


 たったそれだけで、美星ちゃんの全身が震えて跳ね上がる。それが面白くて、何度か下からゆっくりと大きく突き上げてみた。

 僕の上で、美星ちゃんの白い背中が踊っている。黒い髪が揺れ、汗が飛び散った。


「あっ、あっ、あっ、あっ、あー、あ――」


 獣じみた声を美星ちゃんがあげる。

 汗ばんだ美星ちゃんの後ろ髪に顔を埋め、僕はその香りを貪った。


「んっ、んっ、ん――」


 噛み締めた唇から、切れ切れの声が漏れる。


 美星ちゃんの顔が見たかった。

 一度、美星ちゃんの腰を浮かせてこちらを向かせる。小さな美星ちゃんの身体は玩具のように扱いやすかった。

 黒目がちの小動物めいた瞳が僕を見ている。


 ふわりと微笑んだ。

 ふと思う。

 どうしてこの娘はこうも美しく笑えるんだろうと。どうしてこの娘はこんなにも神聖なのだろうと。

 そのとき、たしかに美星ちゃんをいとおしいと僕は思った。


「んむっ……」


 ぷっくりとした唇を貪った。

 ちゅっ、という高い音が何度も無人の教室に響き渡る。溺れそうなほどに切実なキスを、僕たちは時を忘れて交し合った。

 ゆっくりと唇が離れると、二人の間に透明な橋がかかる。それはお互いを結びつける絆でもあった。


 美星ちゃんが僕を見ている。

 紅く輝く大きな瞳の中に僕の顔が映っている。まるで淫魔に魅了された無様な男のような表情をしていた。

 見事なまでに、完璧なまでに、僕は美星ちゃんに魅了されていた。


 僕自身の硬度は、一向に衰えてはいない。

 もう一度、彼女を抱き支えながら挿入した。

 耳に聞こえるのは、もう美星ちゃんの吐息しかなかった。


「おなかの中……お兄ちゃんので、いっぱい……」


 美星ちゃんの声が夢の中のように遠く聞こえる。

 僕は狂ったように突き続けた。頭の隅に芽生えた黒い不安を掻き消すように。


「みほ……し……ちゃん、もう……」


 僕にしがみつきながら、美星ちゃんは憑かれたように耳元で囁いてきた。


「最後は……お口、に――」


 美星ちゃんの中と溶け合ったように、股間の昂ぶりは急速に高まってゆく。


「私のお口に――出してください……お兄ちゃんのが、飲みたいのです……」


 その言葉とともに、僕は美星ちゃんの中から引き抜いた。がたん、と机を鳴らして美星ちゃんが床に降り立つ。

 迸りが股間を捉えると共に、美星ちゃんが口を開けた。


「ふっ――む……」


 美星ちゃんの唇に撥ねを飛び散らせ口蓋を溢れさせてゆく。

 美星ちゃんはそれを受け続け、溢れそうになると口に咥えこんだ。


「んぐむっ」


 白い喉が、ごくりと音を立てて鳴った。

 強烈なにおいにむせて、美星ちゃんの目尻に涙が滲んだ。


 虚脱感と疲れが、どっと僕に押し寄せた。

 もしこの場で襲われていたら、ひとたまりもなかっただろう。僕はそれを思いながら、百道先輩が現れようとしない理由を考え続けていた。

 いや、それは欺瞞ぎまんか。


 僕は彼がどうなったのかをなんとなく理解している。その音を聴いてしまったのだから。

 だから、荒い息を吐いている美星ちゃんをぼんやりと見つめるだけだった。

 その美星ちゃんは小さな口からあふれた精液をティッシュで拭いている。

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