第7話 8月21日 16番目の男の報せ[三人称視点]

「――狼になって戻れなくなった犬神の仔は、母狼に殺される、と?」


『彼が言っていたことさ。どう解釈するかはそちらに任せるよ』


「もとより情報の選別は、我々の役目だ。貴様はただ、情報を集めてくればいい。それだけのこと。今私が論じたいのは、そのようなことではない」


『とは?』


「何故、アヴェロン・ワンはこちらに向かっているのだ」


『異なことを言うね、コンダクター。僕の役目はそれじゃなかったのかい? アヴェロン・ワンを、そちらの罠に誘い込んでフタをすること』


「いまだアヴェロン・ツーの遺体は発見されていない」


『さすがに慎重だね。例の兵器を日本でも使ったのだろう? 間違いはないんじゃないのかな?』


「もしアヴェロン・ツーが生存していれば、作戦の全ての前提が狂う。我々は二体のタイプ・ウルフとの同時戦闘を初めて経験するのだ。腹背にタイプ・ウルフを受ければ、我が隊は生き残れまい」


『それは僕としたことが気付かなかったな。以後は心しておくよ』


「全く持って貴様らしからぬミスだ。……確か、アヴェロン・ワンとの付き合いは長かったな」


『まさか。情けに流される心が、僕にあるというのかい?』


「心を知るのは心を持った人間のみだ。我らの預かり知るところではない。……二度目はないぞ」


「アヴェロン・ワンの接近が確認されました。状況開始です、ルーター」


《アヴェロン・ツーの遺体が未確認なのではありませんか? コンダクター》


「捜索は中断させ、兵は退避させざるを得ません。……この情報ルートの使用は、これで最後にすることを進言します」


《わかりました。隊の撤退を急いで下さい》


「ヤー・ルーター」


《ですがコンダクター、作戦中止の検討をすべき要素があると判断しますが》


「クラウゼヴィッツの言に因って言うならば、戦闘は混沌そのものであり、その渦中にあって秩序を貫いた者のみこそが勝利を得る者です。重大な不確定要素が存在する場合、通常の作戦ならば、私も中止を進言したでしょう。……しかし、彼女には時間がありません」


《……わかりました》


 その通りだった。ブリジットには時間がない。この機会を逸すれば、もう次の機会は生きている間には訪れないかも知れなかった。


 ブリジットの生の意義のために。

 もともとそれが成り立ちとなった作戦であった。


《あの子はきっとそれを望んでいるでしょう》


「勘違いなさらぬよう。もしブリジットを失えば、アヴェロン殲滅はより作戦しづらいものとなりましょう。彼女が健在なうちの戦闘が、作戦面からもベストなのです」


《コンダクター》


「……は」


《あなたが言ったのですよ。生は全うすることに意義がある、と》


 このコンダクターの心映えは、必ずやブリジットにも伝わるだろう。

 たとえアヴェロン・ワンを討てずとも、それが伝わるのなら、ブリジットも満足するのではないだろうか。


〈伽藍〉は戦う。

 そうと指針は固まった以上、後に残るのは単に戦術的な問題のみだった。


 アヴェロン・ワンの撤退をどう阻止するのか。

 亜音速で地上を機動するアヴェロン・ワンは戦闘ヘリを用いてすら補足することはできない。


 そこで、最初から火線はアヴェロン・ワンの後方退路に集中させておく。後退しようとすればこの火線に飛び込むことになる。


 アヴェロン・ワンが後退を選択しなかった場合はどうするのか。

 その可能性は極めて高い。


 タイプ・ウルフは極めて獰猛どうもうであり、攻撃を受ければ反撃を迷わず選択するだろう。そうなれば狙撃分隊が危険に晒されるのではないか。


 これも折り込み済みであった。

 支援陣地に小隊支援火器を据え、火力阻止線を張る。小隊支援火器とはようするに、重機関銃のことである。


 ブリジットが前回の戦闘で使用したものは機関銃といっても短機関銃である。重機関銃はそれとは比較にならないファイアパワーを備えている。


 口径は12.7ミリ、射撃速度毎分千発のものを8丁用意してあるが、これは攻撃には用いない。思い切りよく撤退支援用に割り切って配置してある。


 アヴェロン・ワンが自軍の陣地に接近すればこの銃座から機関銃手が猛射を浴びせる。その隙に自軍はさらに後方に布いた予備陣地に移動する。移動が終了すれば、今度は彼らが機関銃手の撤退を支援するのだ。


 戦闘情報は、各所に予め据え付けた高感度のデジタルカメラアイや集音機で逐次得ることができる。


 おおよそ人知で考え得る限りの備えであった。

 しかし。

 その全ての前提に、アヴェロン・ツーの完殺があったのだ。


 複数のタイプ・ウルフ。

 これを敵とする時、コンダクターは極簡潔な作戦指針を立てた。


 複数のタイプ・ウルフと同時には戦わない。孤立している際に戦い、先ずともかく一匹を葬り去る。


 ――何故か?

 タイプ・ウルフが一体から二体に増えたということは、一体数が増えたと考えて済むようなことではない。


 二倍の戦力になったという考えもまだ足りない。

 二体が協力すれば、片方が戦っている間に片方が回り込むこともできるし、一体が囮になって一体が攻撃することもできる。いわば戦術が駆使できる状態となるのだ。


 しかも、この二体のタイプ・ウルフには、充分にそれが可能なようであった。

 二体のアヴェロンは、無限大の戦闘能力を秘めているといえる。

 危険極まりない。


 コンダクターが作戦の大前提に確固の殲滅を据えたのは、二体のタイプ・ウルフに対抗は不可能と判断せしめたからであった。


 その完璧ともいえる隊が、全く対抗不可能な事態が、ここに勃発することになる。

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