s48燕子花【二回目】

第3話 8月30日 加賀瀬高校[他者視点]

s48燕子花

 第1話 8月30日 知人との再会

 第2話 8月30日 頼み事




 とりあえず、学校の方に先に行ってみることにした。襲撃するとしたら、まだ夏休みで人の少ない学校のほうが確率としては高いだろう。


「なんだ、もう木造校舎は使ってないんだ」


 わたしが在学しているころに始まった新しい校舎の建設は当然だがすでに終了していて、おそらく使われなくなったのであろう木造校舎は敷地のはずれにぽつりと残されているだけだった。

 少し感慨に浸りながら、九重の持ち場である保健室へと直行する。保健室なんて一階にあると相場は決まっている。

 そこには九重がいた。


「先回り? 随分と急いだんだね」


 さっき別れてからわたしは真っ直ぐここへとやってきたのだが、彼女はどうやったのかここへ先に到着したらしい。車とか自転車とかを持ってるふうでもなかったが。


「いや、そうでもないが。おまえが遅いだけではないのか?」


 ごく真面目に言う九重。もっとも、冗談を言うときでもこんな感じだからわかりづらい。


「まぁいいか。そういえばあんた、一度鬼に襲われたって言ってたけど、どこで襲われたの?」


 過去のデータは貴重だ。それによって相手の傾向がわかることがあるし、そうなれば対策も立てることができる。


「帰宅中だ。その時は備えをしていたから切り抜けられたが、今度も通用するかどうかはわからん」


 夜の8時頃だったらしい。いや、正確に何分まで教えてくれたが、そこまでは必要ではない。

 九重に怪我はなかったが、アンヘルのMIB二人が重傷を負い、一人が死亡したという。


 襲い方は至ってシンプルで、待ち伏せして襲いかかるといったシロモノ。周囲の状況を考慮している様子はなかったらしい。


「ふむ……」


 夜に呑まれたケモノには二種類のタイプがある。

 一つは、理性を失い、夜属としての本能の命ずるままに暴走するタイプ。

 もう一つは、理性はそのままに、人としての倫理観のみを失ってしまうタイプだ。


 前者はわかりやすい。

 周囲の環境も状況も理解せぬままに暴れ回り、結果、他者の目に触れるがために、早期に発見されて狩られるのみ。とりたてて注意することもない。


 問題は後者だ。

 彼らは理性を持ち合わせ、他者の目に触れぬように己の欲望を満たそうとする。彼らには禁忌というものはなく、目的、あるいは手段のためであればどのようなことでもする。発見が遅れるケースが往々にしてあるため、対処が非常に難しいタイプだ。


 今回の鬼の場合は、あの残された死体の様を見る限り前者の可能性が高いが、まだ決めつけるわけにはいかない。


「あんた、今日は仕事いつまでなの?」


「夜までだ。一応、恭一が周辺にいるはずだから」


 わたしはうなずくと学校を後にし、今度は九重の自宅へと向かうことにした。


 途中、九重が襲われたという場所に立ち寄る。

 閑静な住宅街だが、夜8時頃ならば人の行き来がまったく絶えるというほどではないだろう。

 やはり、己の理性を失ったタイプだろうか。しかし、九重も襲撃を予期していたということだから、あえて誘い出したという可能性もありえる。判断の難しいところだった。


 九重の自宅は当然ながら無人だった。気配を探ってみても、あたりに鬼がいるような気配はない。


 マンションの最上階まであがり、周囲を見渡す。

 このあたりは山がちな土地であるため、見通しはそれほどよくはない。駅の向こうにさっき立ち寄った加賀瀬高校が見える。

 少し視線を流すと、青々とした山に朱色も鮮やかな鳥居が見えた。あそこが〈銀〉の実家である嘉上神社だ。山の上の神社といえば、このあたりでは有名だった。わたしも高校時代には祭りのたびに足を運んだものだ。


「来る途中にビジネスホテルがあったな……」


 丁度、ここと学校との中間付近にあった。

 あの位置なら、学校と九重の自宅、どちらに鬼が出現しても気配でわかる範囲内だ。

 手練れの夜属が気配を隠した場合ならわからないだろうが、暴走している鬼などでは気配を隠すことはまずないと思っていい。


「よし」


 そうすることにとりあえず決定して、わたしは昼食を取るための店を探すことにした。

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