s42野晒【二回目】

第5話 8月21日 無間の贖罪[三人称視点]

s42野晒

 第1話 8月1日 傾いた命

 第2話 8月19日 朋輩

 第3話 8月19日 ため息模様

 第4話 8月20日 美空の戦い




現場げんじょうより現本げんぽん。効力射です。オクレ』


「こちら現本。巨大な使い捨て電子レンジだ。さすがのタイプ・ウルフも細胞ごと焼き殺されているだろうが――念には念を入れろ。オーバー」


『現場了解。全隊、前進用意――前へ!』


 煮え釜と化した渓谷の内で生きていられる生物はいない。幾多のUCPP相手に実績ある兵器だ。不死身のタイプ・ウルフといえども、果てただろう。


 超マイクロウェーブ照射器は本来、強固な防御陣地に寄るゲリラを掃討するために開発が進められてきた兵器だ。

 強力な電磁パルスにより対象の原子運動を励起させ、目標を加熱沸騰させ熱死させようとするものである。


 巨大な電子レンジと考えればいい。

 使用には膨大な電力を使用する上、狭隘な地形でなければ効果を発揮できない。これは〈伽藍〉の持つ最新技術でも解決が成されていない。


 バッテリーを満載した10トントレーラーを数十台連ねて、照射時間は一分弱。それで価格数億単位の制御基盤は、全て負荷による逆電で使用不能になるという、実用にはほど遠い使い捨ての装置だ。

 だが、一分あればマグカップのミルクは充分沸騰する。それは、生物の体液も同様だ。


 タイプ・ウルフが死んで喜ばしいとは思えない。

 タイプ・ウルフを倒して誇らしいとも思えない。


 また一つ、罪を重ねた。

 彼女ルーターにはその思いがある。


 タイプ・ウルフ――UCPPを、ただのバケモノと同一と見なす者も〈伽藍〉にはいるが、彼女はどうしても彼らの思考に同調できずにいる。

 その思考に矛盾を感じる。


 UCPPはヒトとバケモノの特徴を持つ。ヒトとバケモノの両方の部分を持っている。

 ヒトを喰らうバケモノを殺すのはやむを得ない。だがバケモノを殺そうと思えばヒトをも殺してしまうこととなる。


 UCPPとなった人間にとががあるわけではない。

 UCPPといえど元は人間なのだ。望んでもいないのに、ある日唐突に人間ではなくなってしまう者もいる。


 ヒトに危害を及ぼす可能性が出るのは、UCPPとなってからだ。

 だが、最悪なのはUCPPがUCPPたる所以。『感染』することにある。


 すべてはUCPPをこれ以上増やさぬため。

 その大義のためだけに、なんの罪科もないのにある日突如ヒトを襲うかもしれないバケモノになってしまった哀れな人々を彼らは追い、殺す。

 殺す以外の手段を〈伽藍〉も人類も持ち合わせていない。


 人類最大の疾病に対する特効薬は、〈伽藍〉の技術力をもってしても開発されていない。

 UCPPにもヒトの部分があるからには話し合いも成立するが、潜在的な脅威を消滅させるには、究極的には殺すしかない。


 数の暴力だ。

 つまりが、大多数側の身勝手による、これは、人殺しなのだ。伝染病にかかった患者を焼き殺すのとなんら変わりのない。


 罪深いのはタイプ・ウルフではない。

〈伽藍〉なのだ。


「別に目新しいことではない。兵の負う罪そのものであり、我々に限った話ではないのだから」


 などとコンダクターは言うが、ルーターの思考回路はそれを単純に解であると結論することができなかった。


 しかし罪であろうが、咎であろうが、彼女たちはこれを負って進むより他にない。投げ出すことはできないのだ。


 UCPPに立ち向かえる訓練装備は、彼らにしか持ち得ない。人類社会における最大多数の最大幸福を守り得るのは、彼らだけなのだ。


 個人の意思がどこにあろうと。

 サヤマ・ソウヤを何と思っていようと。

 殺しあう定めに終わりはない。


「アヴェロン・ツーの遺体が確認できれば第一作戦終了です、ルーター」


《超マイクロウェーブ照射器は電力の充填、制御基盤の全交換、照射器本体のメンテナンスなどでしばらくは使えないでしょう。残ったもう一体――アヴェロン・ワンはどうするつもりですか? コンダクター》


「『ツァバオト――ブリジット』がいます」


 恬淡と、コンダクターは言った。


《本気ですか?》


 本気だ、ルーターにはわかる。

 彼女たちの思考の間には一切の隔たりは存在しない。にも関わらずルーターは確認せざるを得なかった。


《あの子に残されたわずかな時間で、あのアヴェロン・ワンと戦い、あまつさえ勝利しろというのですか?

 ――不可能です。三十六通りのシミュレーションのいずれも、あの子の敗北と出ました。勝ち目はありません》


 アヴェロン・ワンとの戦闘は、先日経験した。

 奇襲に近い攻撃は成功したにも関わらず、目標殲滅には到らなかった。ヘリ乗員二名の損害を受け、ブリジットも活動限界寸前だった。


 答えは単純で明確だ。

〈伽藍〉の如何なる兵装もアヴェロン・ワンには通じない。


 ウルフ化したアヴェロン・ワンにはブリジットのCIWSダイレクトリンクといえど命中させることは困難なのだ。命中させ得たとしても、タイプ・ウルフには特有の再生能力がある。


 アヴェロン・ワンが防御に徹すれば、ブリジットの寿命は尽き、やがて死ぬ。

 あの子には時間がないのだ。


《コンダクター、あなたは……》


 言葉にして伝えるまでもなくコンダクターはその事実を把握している。把握しながら作戦を強行しようとしている。


《……どうせ死ぬなら戦いで。どうせ死ぬならサヤマ・ソウヤの手で。そう考えているのですか?》


 生命に何故、はない。

 産まれて消える生命には、何故産まれて何故消えるのかの理由は求められない。

 神の栄光が確かに存在した時代、ヒトは神の似姿だった。天も地もその間に生きとし生けるものも全て神の創造物であった。


 しかしダーウィンが現れ、進化は偶然の産物だと説いて以来、全ての生命、全ての事物は神の手を放れた。

 命にも生死にも理由は存在しないということに現代の科学ではなっている。


 ヒトは理由なく生を得、死にその理由はない。全ての事物は偶然に存在し、偶然に存在することを止める。


 けれどブリジットにはヒトが失った理由がある。

 狭山宗哉――アヴェロン・ワンを殺すために産まれたという理由。


 それはルーターの押しつけた理由である。

 だがブリジットは拒まない。そう造られているから。ルーターがそのように造るよう命じたからだ。


 いやではないのか。

 アヴェロンとの戦いが恐ろしくはないのか。


 いやでないはずはない。

 恐ろしくないはずがない。


 ヒトではないルーターの思考回路でも、そう結論づけることができる。


 恐いなら。いやなら。そして、もしも、ブリジットがそうと口にしたなら。

 ブリジットに拒まれることがあったとしたなら、それがルーターにとっての裁きだろう。


《……許可できません》


 おかしな話だった。

 ルーターにはヒトとしての身体は存在しない上、宗教観によっては既にヒトとすらいえぬ代物と成り果てているというのに、彼女の下した判断は、人間が情と呼ぶそれと酷似したものだった。


《あの子を満足させるためだけに、作戦を許可することはできません》


「ならばあの子は何を成すこともなく、無為に生を終えるでしょう」


《コンダクター。あの子は十分に戦いました。残り少ない余命を平穏に過ごさせるという判断は間違っているのでしょうか?》


「あの子はUCPPと戦い、勝利するために生を受けました。産み出したのは、貴方です」


《私が設定した理由です。私が変更することに問題はないと判断できます》


「あの子の意志でもある」


《理解しています。とめればあの子が私を恨むであろうことも》


「恨まれたい、と?」


《そのような望みとは無縁です。作戦を遂行することに意義が見出せない以上、あの子に無用の消耗をさせたくないのです》


「ルーター。生は全うするためにある。貴方が許可せぬなら、我々は〈伽藍〉の支援なく戦う。私のみが言うのではない。隊の総意なのです」


《隊の……?》


「どうせ儚い命に、生の意義をせめて手向ける。彼女のために我が兵らは生命を賭することを望んでいます」


《兵の犠牲は本末転倒です。あの子の望むところでもありません。思いとどまってください、コンダクター》


「犠牲を出しはしない。作戦があると、そう申し上げたはずです、ルーター」


《そのような方法が……》


「古来より狼には罠が有効です。罠の奥の奥に狼を誘い、殺すのです。あの子には罠の奥までアヴェロン・ワンを誘引し、戦闘により拘束する任務を行って貰います。あとは、我々の仕事です」


 コンダクターは説明を始めた。


「拳銃弾による射撃はごく限定的な効果しか上げられず、アヴェロン殺傷には威力が不足です。ブリジットの装備する45口径短機関銃はあくまで助攻とし、主攻は我がアンヘルのライフル小隊による集中射撃とします」


「ライフル弾は拳銃弾と比較し薬量が多く、高初速であるため高い効果が期待できます。頭部への命中を与えた場合は、生物の頭蓋ならば内圧の急激な変化により破裂させることが可能です」


 薬量というのはつまりが火薬の量だ。拳銃は小さく、弾もそれに見合う程度の大きさしかない。ライフルは両手持ちのサイズで大きく、それに見合った大きくて重い弾を打ち出すことができる。火薬が多いから初速――スピードも出る。回避される可能性も低くなるだろう。

 しかし、そんなライフル弾にも欠点がある。


《……市街地での使用は許可できません》


 威力がありすぎるのだ。

 日本の家屋なら壁や扉を貫通して、関係のない住人に被害を与えかねない。

 仮に首尾良く狙撃できたとしても、一発の弾丸でタイプ・ウルフを殺せる可能性は全くない。


「もちろんです。市外に誘い出し、火力陣地に誘引します」


《そのようなことが可能であると?》


「ヤー。タイプ・ウルフに顕著に見られる結束の強さを利用します。奴は必ず同族であるカガミ・ミソラ……アヴェロン・ツーの仇を討ちに現れるでしょう。我々は扇状陣を張って待ち受け、現れたところを、一気に火力を集中して倒します」


 要約すれば、このようなことになる。

 渓谷に布いた扇状陣の真ん中にアヴェロン・ワンをおびき寄せる。

 扇状陣とは扇型の陣形で、扇面の輪郭部分にはアンヘルがアサルト・ライフルを内側の要に向けて陣取っている。


 扇の要にあたる部分に目標――アヴェロン・ワンが現れるのを待ち、斉射。アヴェロンが火線より逃れようと下がれば下がるほど、要の部分、即ち火線の中心に追い込まれ、火力は集中して行く。

 誘引撃破。これがコンダクターのプランだった。


「危険はあります。しかしリスクは最小に押さえます。タイプ・ウルフは倒し、あの子は再び連れ帰ります。勝者として」


《……わかりました》


 できるだけのことをしてやろう。

 コンダクターのその気持ちは伝わってきた。その心映えは、ルーターにも理解できた。


《作戦を許可します。しかし、注意をするべきです、コンダクター。アヴェロン・ワンはアヴェロン・ツーとは違う》


 根本的に異なる。そんな気がしてならない。

 ブリジットとルーターの間に壁は存在しない。ブリジットがアヴェロン・ワンを間近に感じ取ったことを、ルーターもまた同じように感じている。


《彼は我々との争いを望んでいない。どう猛なタイプ・ウルフとは本質的に異なる。今までのデータがそれを強く示唆しさしています》


「おびき寄せるエサのことを言っているのなら、簡単に解決します」


《……『ラプンツェル』を?》


「最後の、切札ジョーカーとして」


 隊に与えられた任務はタイプ・ウルフの殲滅である。だが、人類の安寧がタイプ・ウルフ殲滅戦を行う目的であることを忘れてはならない。


 タイプ・ウルフは既に数名の住民と接触していることが確認されている。

〈伽藍〉は速やかに、これら住民とタイプ・ウルフとの隔離を信頼できるものとしなければならない。


 この措置によりもたらされる恩恵は、住民の安全のみではない。

 主たるタイプ・ウルフ殲滅作戦の遂行の安全にも関係するところは大である。


 UCPP……感染源と最初に彼らを呼んだ者が誰なのかは、誰も知らない。しかしそう呼ばれる理由は、把握している。

〈伽藍〉の内でもごく一部の者が知ることだった。あるいは知っていると思っていることだった。


 いずれにせよタイプ・ウルフと住民の隔離の優先順位は、〈伽藍〉にとり極めて高いところにあるのである。


 ラプンツェル――塔乙女は、塔に捕らわれた髪の長い姫が、王子によって救われる物語だ。ヒロインの姫は塔の上より王子にその長い髪を垂らして、王子に助けを求めたという。


 隊内呼称としてこれを用いられるのは、〈伽藍〉の少女ブリジットではない。

 ミワ・ツグミという、この地域の高校生が、塔乙女のヒロインであった。


 これはまるで悲恋ではないか。

 ブリジットの想いは恋に似る。

 だが、ブリジットの役は塔乙女の役ではなく、王子の恋を阻んで高く聳える塔の役だった。

 叶わぬ恋など世界に溢れているが、ありふれているからといってその価値が減じることはいささかもない。


 自らの存在を確認することが人の幸せであるならば――。

 ブリジットはきっと今幸せであるのだろう。


 たとえ叶わぬとわかっていても。

 末妹のために成すべきことを成そうとルーターたちは誓う。

 せめてブリジットが幸せに、微笑って逝けるように――


 塔乙女の確保成功が伝えられたのは、ほどなくのことだった。

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