s47一初/朝顔/木蔦【見極め】
第9話 8月29日 猫の首には鈴をつけよ[他者視点]
s45一初/朝顔/木蔦【剣鬼】
第1話 8月29日 安土月子の独白
第2話 8月29日 タラモア・デューにて
第3話 8月29日 藍玉さんの憂鬱
s46一初/朝顔/木蔦【病狼】
第4話 8月29日 紅玉の置き手紙
第5話 8月29日 額辺のお屋敷へ
第6話 8月29日 鬼の伝説
第7話 8月29日 小さな同窓会
第8話 8月29日 来客1
「それでは乎子様。私は芙貴の君様と一緒に紅玉ちゃんと雪花様を捜しに行って参ります。お昼とお夕飯の用意はまだできていませんから、今日は外でお済ませください。一食千円までですからね。それを越えちゃったら来月のお小遣いから差し引きますのでそのおつもりで」
ぴしゃりと乎子様に言いつける。
「あらン。かーちゃん、すっかり尻に敷かれちゃっているのねン☆」
「そんなんじゃありませんよ」
乎子様は余裕の表情でそうおっしゃる。
「とりあえず、二人を無事に連れ戻してください。紅玉さんがついていればおそらく大丈夫だとは思いますが、昨今は忌の活動が目立っています。いらぬ危険にさらしたくはありません」
「はい、かしこまりました」
頭を下げつつ、乎子様のお心遣いに感謝した。
芙貴の君様をお泊めするために、まずはお部屋へと向かう。
「こちらでございます」
屋敷へ見えるたびに用意している客間へと芙貴の君様をご案内する。勝手知ったる様子で部屋へと入っていかれた。
「で、あーちゃんとしては、二人の行き先とか、手がかりとか、何かアテがあるのかしらン?」
荷物――といっても、手持ちのバッグひとつだけど――を部屋の隅に置いてから、そう尋ねられた。
「アテというか方法ならありますけれど……芙貴の君様にはなにか心当たりがおありですか?」
「今は『待ち』よン」
思いっきり何かを含んだ微笑みを浮かべて、芙貴の君様はそうのたまった。何となくコワいものを感じるのは気のせいだろうか。
「待ち、と申しますと?」
「侮ってもらっちゃ困るわねン。あたしはね、芙貴の君、よン。あたしの網は色ンなとこに張ってあるの。待っていれば、そのうち獲物の方からかかってくれるってワケよン☆」
なるほど。土蜘蛛族はそれぞれが独自の情報網を持っていると聞いている。その土蜘蛛族の総元締めともいえる芙貴の君様ともなれば、その情報網は世界中を網羅する規模のものだろう。
「それでどうするのン? あーちゃんがなんかしたいならお付き合いするわよン。個人的には、あの柳田のおばさまの誘いを断ったあーちゃんの真意を、じっくり、たっぷり、心ゆくまで問いただしてみたいンだけどねン」
んふふーって口元がくいっとあがった笑みと上目遣い。めちゃめちゃ妖しい。
たぶん、男の人だったら一発で参っちゃうぐらいの色香が部屋中に漂う。
こういうところは正直なところ敵わないなーとも思うけれど、勝ってどうするという話もあるし。
芙貴の君様は目をキラキラと輝かせながら、私のことを見ている。
うう、これは何かリアクションしないとダメなのかしら……。
芙貴の君様のおっしゃられた柳田のおばさまというのは、大宿曜である柳田杏子様のこと。
現存する宿曜において、あの方に並ぶことのできる人はいないとされるほどの使い手なのだそうだ。
はっきりと言い切れないのは、実際にお会いした感じだと、普通の若作りされたおばさまかなーぐらいにしか思えなかったから。あれなら、スーパーの特売日で争っているおばちゃんたちの方がよっぽど迫力があると思うし。
ちなみに、宿曜というのは人間の身でありながら膨大な知識と技術を蓄えることによって人間を越えたものたちの総称。古くは聖徳太子様ぐらいまで遡れるらしい。かくいう私もその宿曜の一人だったりする。
この宿曜、ちょっとかわった特徴というか、習性を持っている。
それが宿曜は弟子に対して自らの持つすべての知識を伝えることができるってもの。なんていうか、セーブデータを持ち越せる感じっていったらわかりやすいかしら?
だから、多くの宿曜というのは、自らの知識の探求と共に優秀な弟子を求めているものらしい。
「あの偏屈なおばさまが、自分から後継を選ぶなんて、あたしにはいまだに信じられないわン」
柳田様を偏屈と表現されるとは、さすがは芙貴の君様です。
「それほど頑固な方ではありませんでしたよ」
「やーねー。あたしのお願いは一度も聞いてくれないのよン。そーゆーのは偏屈っていうでしょン」
なんとなく、無理難題をふっかける芙貴の君様の様子が目に浮かんでしまった。ここは黙って聞き流しておくことにしよう。
生命体には寿命というものがあって、夜属であってもそれに逆らうことはできない。種族によって寿命の長短はあるけれど、やはりそれを超えて命を保つことは基本的に不可能だとされている。
特に私たち宿曜の身体はヒトのそれとなんら変わりはないから、よくても百年程度しか生きることはできない。
なかには失われた秘術によって長寿を得ている宿曜もいるみたいだけど、それは別の話。
だからこそ、宿曜は生きている間に蓄えた知識のすべてを弟子へと伝え、その弟子はまた次の弟子へと伝えていく。
こうして何世代も経て蓄えられた知識は体系と化し、それ自体が力を持つようになる。この知識体系を宿曜では『柱』と呼んでいる。
ちなみに、神様は一柱二柱と数えるんだけど、宿曜のいう柱はそれと一緒。知識の集合体と神様を同義で扱っているわけ。
この知識体系は膨大なものでありながら、そのほとんどが人間の世界では失われている。
たとえば言語、たとえば歴史、たとえば文化、たとえば技術、たとえば知識、たとえば魔法……。
それらを綿々と受け継いでいる夜属が宿曜というわけなのだ。
「あのおばさまって本物の魔法を使えるって話なんだけど、本当なのかしらン。正直なところ、ちょっとこれよねン」
芙貴の君様は眉毛を撫でる仕草をされる。つまりは眉唾ものとおっしゃりたいのだろう。
「聞いた話ですけれど、天候操作や人体浮遊、果ては長距離移動や千里眼まで使えるそうですよ」
どれもかつては他の夜属も使えた能力らしい。もっとも、今では滅多にいないという話だけれど。
特に柳田様の千里眼は別名地獄耳とも言われていて、どんなに遠くで悪口を言ってもちゃーんと聞かれていると噂されている。
というわけで、宿曜にとって師匠につくというのはとても大切なこととされる。それはすなわち、それまでに蓄えられてきたすべての知識を受け継ぐということになるからだ。同時にそれは、これまでの人類の歴史を知るということでもある。
自らが新しい柱の第一歩を目指すという人も稀にいるらしいけれど、それはここ三百年ほどは誰も成功していないらしい。
おそらく、産業革命によって世界の神秘が次々と解き明かされていってしまったからだろうと私は見ている。他にも似たような推論を述べておられる方はいらっしゃるみたい。
ちなみに、柳田様は幾柱もの力を従えているとってもすごい人。近年で大宿曜と呼ばれるのはこの方だけだったりする。
これは柳田様の先代が失われつつあった知識の回収を精力的に行ったからといわれているけれど、かなり強引なこともされたらしい。結構、そのことを恨んでいる方もいらっしゃるという話だ。
通常は一柱を持っていれば十分すごくて、ほとんどの宿曜は完成されていない体系をわずかに保有しているに過ぎない。それもかなりの部分が欠けていたりする不十分なものであることのが多い。
そのことからしても、柳田様のすごさがわかると思う。
でも、外見はどこにでもいるような普通のおばさまなんだけどね。
「それだけの力を持っているあのおばさまがあーちゃんを後継にしたいって言い出したのは、やっぱりあーちゃんの才能に惚れたからなんでしょン?」
うーん、それはどうでしょう? 必ずしもそれだけとは言い切れない部分があるのも事実ですし。
実は同じ宿曜でも向き不向きというのがある。得意不得意と言いかえてもいいかもしれない。
宿曜に目覚めた時点で、ある程度の方向性というものが決められる。それに沿って磨いていけばやがて大きな成果が得られるかもしれないけれど、別の方向を伸ばしても決していい結果は得られない。
こればかりは目覚めた時点で決まってしまうからどうしようもないものらしい。
あとは占いの結果とかというのも考えられる。準備、方法、手順などそれを行う人によってすべては決定づけられるのだし、そのあたりのことはやはり柳田様でなければ理由はわからないだろう。
「宿曜にはそれぞれ独自の理論がありますから、私ではわかりかねます」
「ああ、そうだったわねン。あたしには宿曜の考えていることはさーっぱりわかんないわン。どうして倒れた棒と反対方向へ進んでいくのかしらン」
それを言うなら、芙貴の君様が笑顔の裏側で何を考えているのかは、おそらく誰にもわからないと思いますけど。
柳田様が私を後継にしたいとおっしゃったのが3年ほど前のこと。
柳田様ほどの方が自ら弟子をとるなんてことは滅多にないらしい。あのぐらいの方になると弟子希望のたくさんの人が押しかけて、審査の順番待ちになるぐらいだという話を聞いた。
結論を言うと、私はそのお話を断った。
乎子様もこれはいい話だからと熱心に勧めてくださったのだけれど、私には額辺のお屋敷に伝わる書物だけで十分だったし、なにより紅玉ちゃんと離れて暮らすのが嫌だったので丁重にお断りをした。
それ以上の理由はない。
私は今の生活に十分満足をしているし、それ以上を望もうとは思ってもいない。
最終的には、乎子様も柳田様も私の気持ちを納得してくださった。
「で、どーしてあーちゃんは断っちゃったのかしらン?」
「たいした理由があるわけでもないんですよ」
「それを聞かせて欲しいンだけど」
ちろりと青い唇の中から赤い舌が見えたような気がした。なんていうか、内緒話をわくわくしながら聞き出そうとする子供みたいだなんて思ってしまった。
「実はですね、この額辺のお屋敷にもすごいものが隠されているのです。私はそちらを修得したいと思いましたので、柳田様のお弟子の件はお断りさせていただいたのです」
半分はウソ。
でも、半分は本当の話。
「あらン。そーだったのねン。よーやくあたしも合点がいったわン」
納得していただけたらしい。よかったよかった。深く突っ込まれたらどうしようかと思っていたのだけれど。
「それで、どんなものなのかしらン? ここだけの話でいいから、あたしにこっそり教えて欲しいわねン」
あらら。やっぱりお聞きになりますか。
「えーと、それはですね……」
私が話し始めようとした時、どこからかブーンという低い音が聞こえてきた。どうやら携帯電話の着信らしい。
「ンもう。これからがいいところだっていうのに無粋なンだからン」
ぷりぷりと怒りながら、芙貴の君様が携帯電話を取り出した。
「はぁい、どちらさまン。あらン、あなただったのねン。はいはい。りょーかいよ。じゃ、ご苦労さまン」
ピッと通話を切る。
「それで、この屋敷にはどんなものがあるのかしらン。はやく聞かせて」
目をキラキラと輝かせるかのように、芙貴の君様が前のめりで私に迫る。
「でも、先ほどのお電話はよろしいのですか?」
「いーのいーの。あれは後回しにしても問題ないからねン。それよりも、あーちゃんのお話を聞かせてもらいたいわン」
「でも、今のは紅玉ちゃんと雪花様の居る場所がわかったという報告だったのではないですか?」
「あらン。どーしてそー思うのかしらン」
芙貴の君様は、何を考えているのかまったく読めない笑顔。
「先ほど、『今は待ち』とおっしゃったではありませんか。ですから、そのお電話を待っていらしたのではないかと思ったのですが、違いましたか?」
半ば確信しながら問いかける。
「んー、あーちゃんならいい土蜘蛛になれると思うわン。どうかしら? あたしの弟子になってみるっていうのは。楽しいと思うわよン」
「お断りしておきます」
笑顔できっぱりと言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます