s65真澄鏡
第1話 7月21日 新幹線
窓の向こうに見える景色が後方へ溶けるようにして通り過ぎていく。
窓際の席に座っている美星ちゃんはそれを楽しそうに眺めていた。もっとも、美星ちゃんの場合はこうして僕たちと一緒に旅をしているのが純粋に楽しいだけなのかもしれないけど。
美星ちゃんと美空先輩と僕とで新幹線に乗って東京へ向かっている最中だった。
なんでも美星ちゃんがテレビ番組の公開収録に当選したとかで、僕と美空先輩はその付き添いを任されている。
本当ならおじさんが付き添いをする予定だったんだけど、急遽、神社の仕事が入ってしまって美空先輩にお鉢が回ってきてしまった。
姉妹で仲良く東京旅行……の予定が、さすがに女の子二人では心配だということで僕にも声がかかったというわけだ。
もっとも、物理的な意味での危険に対しては美空先輩ほど適応している人はいないと思うのでまったく問題はないとは思う。
むしろ、都会の毒――という表現もどうかと思うけど、そういったものに対する心配のが強いみたいだった。
正直なところ、そういったところも心配はいらないんじゃないかと思う。
これまで夜属としていくつもの経験をつんできた先輩は、いわゆる都会の学校にも在籍したことがあったみたいだし。
そのくせ携帯電話がろくに使えないのは今時の女子高生としてどうかとも思うんだけど。
むしろ、生粋の槻那見町育ちである美星ちゃんに不安があるといえばある。けれど、自制と謙譲をモットーとする彼女のことを考えれば問題など起こりえるはずもないだろう。
……いろんな目的をもった人に声をかけられたりする可能性があることは否定しないけれど、そこはそれだ。
もちろん、僕のほうに否やがあろうはずがなかった。おまけに宿泊費と交通費も持ってくれるのだから二つ返事なのは言うまでもない。
そんなわけで、こうして三人で並んでいるわけだけれど、三人掛けの真ん中に座っている先輩が発車直後から目を閉じっぱなしという状態だった。微妙に顔色も悪いみたいだ。もしかして、乗り物に弱いんだろうか?
さすがに体調の悪そうな先輩を挟んで僕と美星ちゃんだけで会話をするのも憚られてしまう。これは座る位置を間違えたかもしれない。
「ごめん。ちょっとトイレに行ってくるね」
小さな声で美星ちゃんに話し掛けると、目だけで返事をしてくれた。
座席を立ってデッキへと向かう途中で仲のよさそうな三人組を見かける。
面差しもよく似ているから、姉妹なのかもしれない。夏休みを利用しての旅行なのだろう。とても楽しそうだ。
その隣に座る女の人たちは友達なのだろうか。お菓子なんかをやりとりしている。
邪魔にならないようにお菓子が通路を渡りきるのを待っていると、おっとりした感じの女性が待っている僕に気がついたみたいだった。
白い手を頬に当ててそっと頭を下げると、その動きにあわせて右肩で束ねられた黒髪がしゃらりと揺れる。なんだかとてもゆったりしていて感じのいい女性だった。
トイレで用を済ませて洗面台で手を洗っているときだった。
変な音に気が付いて通路を見ると、男性が倒れこんでいる。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて肩を揺するけれど返事がない。とても苦しそうにブルブルと身体を震わせている。
「どうかされたんですか?」
その声に顔を上げると、さっきの女性が僕の目の前に立っていた。
「この人がいきなり倒れたみたいなんです。とても苦しそうなんですけど、状態が僕にはよくわからなくて……」
「それは困りましたねぇ。ちょっと見せていただけますか?」
彼女は笑顔を絶やさずに倒れた人物に触れようとしゃがんだので、僕はその場を明け渡した。
女性は手馴れた様子で、決して慌てずに診察を行う。看護婦さんかお医者さんなのだろうか。
「……全身の発汗と指先の震え、加えて全身の痙攣から考えて、低血糖昏睡みたいねぇ。
車掌さんを読んできてもらえないかしら?」
「も、もちろんです」
ほとんど無意識のうちにうなずいていた。
急いで車掌室のある車両へと向かう。
事情を説明して一緒に来てもらう途中で、心配そうに僕を見つめる美星ちゃんと目があった。
「なんでもないよ。美星ちゃんは座っていて」
「は、はい。わかりました……」
納得はしていなかったみたいだけれど、美星ちゃんは大人しく座って待っていてくれるみたいだ。こういうとき、本当に素直な娘だと感心する。
デッキへ戻ると、倒れていた男性は身体を起こして壁にもたれて座っていた。
僕たちが来たことに気が付いて男性に声を掛けていた女性が顔をあげる。
「この方は低血糖症状を起こしていました。一応、グルカゴン注射をして意識を取り戻しましたので大事はないと思いますが、最寄駅で降りていただいて病院で診察を受けたほうがよいかと思います」
車掌さんのアナウンスで乗り合わせていたお医者さんが呼ばれて、結局、名古屋で男性は降りて病院へと向かった。今のところは命に別状はないという話でほっとする。場合によっては命に関わっていたと知って背筋が寒くなる思いだ。
ちなみに、この女性の対処の正確さに、お医者さんも感心していた。
「そんなことはありませんよ。それに、この男の子が協力してくれてとても助かりましたし」
にっこりと微笑まれて、僕は思わず赤面してしまった。
なんていうか、すごく優しい笑顔をする女性だななんて思った。
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