第7話 7月9日 『行』
『明日は来ようね、宗哉 つぐみ』
「『行』の成るまで、学校に行ってはいけないからそのつもりで」
「はい。僕もそう思います」
あんな状態にいつ陥るとも限らない。それまでは人と接触しないべきだろう。授業は遅れてしまうけど、背に腹は代えられない。
『どうして学校に来ないの? ケータイくらい出なよ』
「時々、変な音がするんです」
「……音?」
「いえ、音じゃないのかもしれません。耳鳴りみたいな――聴こえるはずのない音が聴こえてくるんです。こういうの、なんていうのかな」
「幻聴ね」
「げんちょう?」
「幻覚は目に見える幻。幻聴は聞こえる幻」
先輩は、まるで名医みたいに僕の疑問に答えてくれた。
『宗哉、そこに居るの?』
「でも、あなたのそれは、ただの幻聴ではないのかもしれない」
「ただの幻聴では、ない……?」
「わたしたち夜属には、時折、そういう通力を持った者が現れる。たとえば、遠くの景色や過去の光景。瞬間に姿を消したり、天気を変えたり昼を夜に変えたりする力」
「そんなこと……できるんですか」
「夜属の中にも、歴史上そんなに数がいたわけではないわ。多分、歴史に残っていない中にもね」
『誰かと一緒なの?』
「『天耳通』といわれる通力があると聞いたことがあるわ」
「てんじ、つう?」
「音にまつわる力。過去や未来、遠くの音を聴いたり、人の心の音を聴いたりできる力」
「それが、僕に……」
「そうと決まったわけではないわ。心理的なことという可能性もあるし」
美空先輩によると、夜属といってもいろいろで、備わる力にもさまざまであるらしい。
たとえば、人狼という夜属は並はずれて腕力があったり、足が速かったり、鋭い爪や牙があったり、傷の治りが速かったりするのが一般的だとされている。また五感が鋭くなったりもする。それは人狼特有のもので、人狼として覚醒すれば往々にして備わるものなのだそうだ。
またそれとは別に、ごく稀に、夜属の種族に関係なく備わる特別な力もあるらしい。神通力をもった狼、なんて言い伝えられている類のものがそれだという。
狼が智恵をつけて人間の姿になる例もあったらしいけど、日本ではもう聞かれないという。答えは簡単で、肝心のその狼がいないからだ。
「人には人の――夜には夜の世界があるの」
それは夜属となったら人には戻ることができないという、宣告。
僕はもう、人ではないという、宣告。
『嘉上先輩と、一緒なの?』
そう、書いてあった。
一週間ばかり学校を休んで、孤独な戦いを続ける僕に、昼と夜の区別はなかった。
あるとすれば、つぐみの来るこの時間。
学校をしばらく休むという連絡を綾乃ちゃんに入れて以来、つぐみが朝になって迎えに来ることはなくなっている。
どうしてなのかはわからない。
そういえば、つぐみは合い鍵の場所を知っているはずなのに、無理やり上がり込んでくることは一度としてなかった。
どうしてなんだろう。遠慮せずに上がってくればいいのに。
ただ、夏の大会が近くて忙しいのかもしれないけど、それだけではないような気もする。
プリントが一緒に来るのだから、多分、放課後につぐみはここに寄っていることになる。部活を終えた後。昼と夜の溶け合うほどの時間。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます