s23はねずいろ【二回目】

第9話 9月11日 不安2

s23はねずいろ

 第1話 狼の童話

 第2話 9月8日 ノロイ忌の爪

 第3話 9月9日 一日目 百道裕吾との邂逅

 第4話 9月9日 漠然とした不安

 第5話 9月10日 二日目 侵食

 第6話 9月10日 見えない道

 第7話 9月10日 額辺の地所にて

 第8話 9月11日 三日目 違和感の侵略




 授業が終わっても、まだ日は高い。


「気晴らしにどこか遊びにでも行くかい?」


「……そうだな。でも、僕と一緒にいると猫の呪いに巻き込まれるかもしれないけどいいのか?」


「なに、宗哉のものは僕のもの、さ。たとえそれがどんなことであっても、僕は笑顔でそれを受け入れようじゃないか」


 歯がきらりと光ったような気がするけど、きっと気のせいに違いない。


「……やっぱりやめておくよ。真面目な話、お前まで巻き込みたくない」


「……へぇ」


 ひょいと片方の眉があがる。


「気を悪くするなよ。本当に、今の僕はついてないんだ。貧乏神に憑かれたようなものだから、近くにいると巻き込むかもしれない。わざわざ、不幸になんてなりたくないだろう?」


 やれやれと言いたげに首を振る黛。


「……なんだよ」


「いいや。親友の温かい心遣いに対して、ふかーく感謝をしているだけさ」


 黛と並んで、緩やかな坂道へ続く正門へと歩いていく。

 学祭の準備や部活で、まだ学校にはたくさんの人の気配が残っていて、祭めいたざわめきは当分消えそうにない。


 ちなみに、今日の僕らはさぼり組だ。だらだらと教室でしゃべっていると、委員長に捕まって強制労働に狩り出されかねない。というか、すでに何回かはその役についていたりする。


 僕はいつも「聴いて」いるわけではない。

 突発的に聴こえることもあるけれど、結局のところ、どんな能力も使おうと思わなければ意味がないということだろう。


 人の多い場所では現象の雑音が響きあって、大音量の近くにある小さな音がかき消されるように、僕の力も精度が落ちてしまう。

 それでも、小走りの音が近づいてくることぐらいは、そちらを見なくてもよくわかった。


「……お兄ちゃん」


 よく知った旋律は、予想通り美星ちゃんだ。

 天川祭の準備のためなのか、体操服姿だった。


 ………………。

 …………。

 ……。


 いや、それはいい。

 それっていうのはブルマのことだ。準備で制服が汚れないように着替えるというのはわかる。

 でも……その頭についているのはなに?


 美星ちゃんはちょっと見上げるようにして僕のことを見つめている。


「あの………………」


 ちらりと隣に立つ黛をみた。


「先に行ってるよ」


「ああ、悪い」


 黛はよく気のつくヤツだ。僕たちに気を遣ってくれたらしい。


「その……」


 なにやら言いたいことがあるのに言い出せないらしい。そういうところが美星ちゃんらしいといえばらしかった。


 美星ちゃんは、なんとなく小動物を思い起こさせる。加えて頭についているパーツがその思いを助長させるし。正直「それ」が気になって仕方がない。


「ちょっといいかな」


「は、はい。なんでしょうか……」


 おどおどとした瞳で僕のことを見ている。


「あのね、それ、なに?」


「え?」


 どうも、美星ちゃんは自分の格好に気がついていないらしい。だから、僕は指で美星ちゃんの頭を示してあげた。


「?」


 美星ちゃんは怪訝そうに頭に手をやって、途端に赤くなった。そりゃもう、これ以上ないってぐらいに真っ赤っかだ。


「あ、あの……み、見ましたか?」


「…………なにを?」


「………………みみです」


 ほんのかすかな、小さな声で。


「えーと……」


 頭をかく。いや、質問の意味はわかるんだけど、意図がよく掴めなかった。そもそも、「それ」を指摘したのは僕なのだし。


「うん、見た」


「あわわわ……その、なんでみんなが私のこと見ているのかわからなかったのですけれど……天川祭の出し物で、これをつけるからって言われて……まさか……こ、これのせい……」


 要領は得ないけど、どうやら天川祭へ向けての準備で「それ」をつけていたらしい。


「だと思うよ。だって、可愛いしね」


 わ。頭から湯気が出そうなほど赤くなってしまった。何か悪いことでも言ってしまったのだろうか。


 いきなりくるりと振り向くと、駆けだしていく。こちらを振り返る余裕すらないらしい。あっという間に美星ちゃんの姿は小さくなってしまった。

 すれ違う人は軒並み彼女の後ろ姿を見送っていたのが印象的だった。


「話は終わったのかい?」


 校門で僕のことを待っていてくれたらしい。遠巻きに、女子たちが黛のことを観察している視線を感じる。


「待たせて悪かったな」


「いいさ。宗哉と僕の仲じゃないか」


 黛がするりと僕の腕を取ると、後ろから黄色い声があがった。


「……わざとやってるだろう、お前」


「わかるかい?」


 まったく、いい根性をしていた。


「それで、彼女の用事は何だったんだい」


 問いただす調子ではなくて、何となく話したくなってしまう安心感のあるような気がする。


「いや…………大したことじゃなかったよ」


「なら、いい」


「うん」


「それより問題なのはさ」


「なに?」


 うむむと考え込む仕草をする黛。こういうときはろくな話にならないのが常だった。


「個人的には外に出す方が好みなんだよ」


 うむうむとひとり納得した様子でうなずく。どうやら、さっきの美星ちゃんの格好のことを言っているらしい。


「いや、あれは中入れ派というわけでもないだろうな。むしろウェストのゴムを隠すために、少しだけ上着を外に出す派だったよ」


 ほうと黛が感心したような声をあげる。


「さすがは宗哉。目の付け所が常人とはひと味もふた味も違うね」


「なに、この一級鑑定士の目にかかればこのぐらいは軽いものさ。君もまだまだ修行が足りないな。がんばり給え」


「仰せの通りに」


 そうやって、二人して笑う。


 少しは、気が楽になった。これも黛のおかげだ。

 こいつはいつだって僕が悩んでいると、それとなく力を貸してくれる。


 ありがたかった。

 友達で本当によかったと思う。

 だからこそ、巻き込むことはできないと思う。


 夕映えが作るふたつの影をひきつれて、緩やかな坂道を下っていく。


「彼女……宗哉のこと、好きなんじゃないのかな」


「………………うん、そうかもしれないね」


 黛に言われるまでもなく、きっと僕はとうの昔に気がついていて、けれど、今ひとつ真剣にはなれなくて。


 たぶん美星ちゃんのそれが、兄に対するような感情なのか、それとも僕を男として見ている感情なのかわからなくて……。


 いや、そうじゃない。


 水緒――。


 きっと僕は傷ついていた。

 三年前に水緒が去っていたとき、彼女は僕から恋とか情熱とか、根こそぎいろんなモノを奪っていってしまったんだと思う。

 それで結局、長い間それを埋め合わせることはできなかったんだろう。


 それがなければ――

 もしかしたら、どうにかなっていただろうか。

 わからない。

 わからないし、今さら振り返ったところで、何一つ変わるはずもない。


 唐突に。

 音を認識した。

 圧倒的な質量と速度の現象が奏でる音を。


 反射的に黛をはね飛ばした僕に向かって、坂道の上から轟々と転がるようにして――

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