第3話 7月18日 大怪獣ツグミンの意外な一面
今
あ
り
し
日
々
夏
「あんですってっ!」
三輪つぐみの大声に図書室中の視線が集まった。
静かにしている僕の方が気恥ずかしくて、いたたまれない。
いつだって、僕のこの幼馴染は必要以上にやかましい。昔からずっとそうで、今でも変わらずそうだった。
さすがにばつが悪かったのか、つぐみはすごい目で僕を睨みつけると、肩を小さくして大人しく席につく。
美空先輩との用事のせいで、前から約束していたキャンプをドタキャンすることになった。
つぐみや委員長にはまったくもって悪いと思うけど、こればかりは仕方がない。
「…………用事って?」
「ちょっと……。外せない野暮用が入って」
「そう…………」
反応は少し予想と違った。
――ふざけんじゃないわよ。他の用事なんか断固粉砕して、万難排して行くんだからっ!!
詰め寄ってもこないし、人目もはばからず胸倉をつかんだりもしない。
なんだか肩透かしを食った気分になる。
「ねぇ、宗哉」
「……うん?」
神妙な顔で僕と目を合わさない。
長い付き合いだけど、そんなつぐみの様子は初めて見た。
「あんた……」
「うん」
「最近……」
「うん」
「…………」
「なんだよ」
「…………どこか……遠く――」
「……なに?」
「なんでもない」
静かに席を立ったつぐみの背中が、本棚の迷路へ消えて行くのを黙って見送る。
なんとなく胸の奥にしこりを感じる。
手元の本のページをぱらぱらと流していっても、まるっきり読む気は起きなかった。
資料として取ってきた本のうち一冊を手に取りながら、窓の外を見やる。
外に出ないのがもったいないほどの晴天だった。
過
ぎ
去
り
し
日
夏
「ほら、狭山くん。外はとってもお天気がいいわ。遊びに行きましょうよ」
学校の図書室の片隅で。
先輩はそんなはしゃいだ声を上げた。抑えた声でではあったけど。
真面目に勉強している幾人かの生徒の、非難の眼差しが痛い。
「そういうわけにはいきませんよ。明日からテストなんですから」
抑えた声でぼそぼそと僕は抗議した。
窓を透かして見える外は、まぶしいくらいに天気がいい。こんな日はプールにでも泳ぎに行けたら確かに気持ちがいいだろう。
けれど。
学校に通う生徒には本分というものがある。
「先輩もテストじゃないんですか?」
「そうだけど……キミ、意外とカタいんだね」
ぷくっと頬を膨らませた先輩に、上目遣いに睨まれた。
……それは反則だ。
思わずよろけそうになる理性をなんとか支え、反撃を試みる。
「ここできちんと点を取っておかないと、楽しい楽しい夏休みの最中に補習とかで呼び出されることになるんですよ」
「うっ」
先輩の動きが一瞬止まった。
いつもは何を考えているのかよくわからない人だけど、こういう時はとてもわかりやすい。
「意地悪だね、キミ」
再び上目遣いで睨まれてしまった。
……泥沼だ。
「そうだ!」
僕の内心の葛藤など素知らぬ気で、先輩はいいことを思いついた、と笑顔を向ける。
光の加減か、その顔がとてもまぶしいものに見えて、心臓の鼓動が一拍跳んだような気がした。
「じゃあさ、テストが終わったら一緒にプールに泳ぎに行こう!」
「……プールですか?」
そう反問した時に、先輩の顔がわずかに引きつった。視線は僕の後ろ。
恐る恐る振り向くと、そこには予想した顔が。
「図書室では、お静かに!」
司書のおばさんの圧倒的な迫力に、若輩者二人では敵うはずもなかった。
夕方。
あの後しばらく真面目に勉強をして下校する。
6時頃だというのに、外はまだまだ明るかった。
下駄箱で靴を履き替えて外に出ると、先輩が待っていた。このごろ、途中まで一緒に帰るのが習慣となっている。
「明日からテストかあ」
憂鬱そうにつぶやく先輩だったけど、確か、この人の成績はとても良かったはずだ。
並では行けない進学校である
僕みたいに絵に描いたような凡人とは出来が違う優秀な人でも、やっぱりテストというのは憂鬱なんだろうか。
「先輩でもテストは嫌なんですか?」
「嫌に決まってるでしょ。紙切れ一枚で人を試すなんて、傲慢そのものじゃない」
なんというか、それはまた随分と角度の違ったご意見で。
「でもまぁ、テストが終わった後の楽しみがあるから、今回は頑張ろうかな」
「楽しみ?」
聞き返すと、彼女は「む~」とすねた子供のように僕を睨みつけた。
「プールよ、プール! 一緒に行くって言ったでしょ?」
一所懸命に主張する彼女をちょっといじめてしまいたくなって、僕はいたずら心を出してしまった。
意地悪そうに笑いながら言う。
「一緒に行くとは言ってませんけど」
そう言った途端、彼女はぴたりと足を止めてしまった。
やりすぎちゃったかな。
そう思って顔を見直すと、彼女は無表情のまま僕を見つめていた。
「狭山くん」
「わたしはあなたが好き」
薄い唇から、言葉が紡ぎ出される。
それは。
呪文のように僕の身体を金縛りにした。
「わたしはあなたが好き」
「あなたの優しいところが好き」
「皮肉屋なところも、偏食のあるところも好き」
「一緒にいると、ほっとできるところが、好き」
見上げるように僕の目を見る彼女の瞳は、百の言葉よりも雄弁に、一つのことを問いかけていた。
あなたは?
わたしのこと、好き?
「……先輩」
きっと、答えは出会った時から決まってたんだと思った。
「僕も――」
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