第4話 第一の事件3[他者視点]
そんなこんなで自由時間を満喫してホテルへと帰ってきた俺たちを出迎えたのは、ロビーで言い争う二人の男の声だった。
「だからっ! あいつに手を出すなって言ってるんだよ!!」
大声を上げている男には見覚えがあった。
不幸なことに顔が良く、さらに不運なことにはそのせいで初穂に目を付けられ、同情に値することに現在初穂と付き合っているクラスメイト――名前は
ホテルに入ってきた俺たち、というよりは初穂の姿を見て、道倉は不承不承といった感じで黙り込んだ。相手のほうはふいと踵を返すとエレベーターへ向かっていく。
「あらぁ。どしたのン、ひーちゃん」
このあたりが初穂の食えないところだ。
道倉と言い合いをしていたのは、隣のクラスの
まあ、人の趣味をどうこう言うつもりはないが、道倉も真田もとんでもないのに惚れたもんだ。
「なんでもないよ、初穂さん」
「いやねン、ひーちゃん。あたしのためにけんかなんてしちゃダ・メよン☆」
それだけで道倉の顔が幸せそうになる。なんつーか、思いっきりだまされていると思うんだが、こういうのは言わないでおいたほうが双方のためなのかもしれない。
「そ。じゃあまた今度ねン」
ひらひらと機嫌よさそうに手を振る芙貴とその隣で不機嫌そうな安土は、女子が泊まっている別館へと歩いていった。
「さて、僕らも部屋へ行こうか」
「ああ」
俺は三之流に促されるまま、エレベーターへと向かう。
あとにはぽーとした道倉が残っているが、ありゃ放っておいたほうがいいだろう。下手に夢を覚まさせることもない。
「そろそろメシ……か」
基本的に修学旅行のホテルのメシなどはまずいというのが相場だ。まあそれはまだいいとして、俺は気に入らない奴らと顔つき合わせてメシを食う気などはさらさらなかった。
「乎子、どうせ食事は外でとる気だろ?」
さすがに三之流は俺の行動パターンをしっかりと読んでいる。
「まーな」
うなずいた俺に、三之流は嬉しそうにガイドブックを取り出した。
「ここの野菜ラーメンが絶品らしいんだ。トロリとした濃厚なスープにからむボリュームたっぷりの野菜と太麺。食べに行かないか?」
「……随分とまた、手回しいいな」
呆れながらも、俺はそこにメシを食いにいくことにした。
先公どもの目をかいくぐって外へ出る。
「結構人通りが多いな」
「そろそろ会社とか終わる時間帯だからね。早く行かないとラーメン屋も混んじゃうから、急ごう」
走り出した三之流の後ろについて走り始めた俺の目の片隅に、ちらりと見知った顔が映った。
――道倉広信。
それに……一緒にいるのはさっきの不良ども?
「どうしたんだい、乎子」
「ああ、あそこにさっきの不良どもが……」
視線を戻すと、すでに雑踏に紛れてどこかへ行ったのか、それともただの気のせいだったか、奴らの姿はすでに見えなかった。
「……いや、なんでもねえよ。どうせ大したことじゃねえしな」
「わかった。それじゃ、急ごう」
「おう」
俺たちは暗くなり始めたアーケード街を急ぎ足で歩き始めた。
夜更かしを俺はしない。規則正しい生活こそが長生きの秘訣だと思っているからだ。
だから夜は10時になると寝るし、朝は6時に目が覚める。
当然、それは修学旅行のときでも変わらない。同室の連中がやれ枕投げだの、やれ女子風呂を覗きに行くだの、やれ怪談話をしようなどというのを横目に俺はさっさと床についた。
無論、俺は他の連中が枕投げをやってガラスを割ろうが、女子風呂を覗きに行って返り討ちに遭おうが、怪談話をやってぼや騒ぎを起こそうが知ったことではない。
不足した睡眠は移動中のバスの中でとるっていう考えを否定するつもりもない。それぞれが思い思いに時間を使えばいい。俺の邪魔さえしなければ何も言うことはない。
三之流はいかにも不服そうだったが、さすがにとっとと部屋の隅で蒲団に入り込んだ俺を起こすことはしなかった。
おかげでいつもどおりぐっすりと眠った俺は清々しい朝を迎えたはずなのだが。
何故だか、俺たちは帰りの電車の中にいた。
ちなみに修学旅行は三泊四日の予定だった。まだ一泊しかしてねえ。嵐山へ行って鹿せんべいを食うという俺の予定が消化されることなくこうして帰りの電車に揺られているのは、事件がおきてしまったからだ。
――生徒の転落死。
さすがに生徒が一人死んでいるのに修学旅行を続けることはできないらしい。
たしかに俺は、枕投げも女子風呂覗きも怪談話も俺に迷惑をかけない限り否定はしないが、飛び降りってのは迷惑きわまる。
俺の楽しみを奪いやがった馬鹿はどこのどいつだと思ったら、なんのことはない、隣のクラスの真田だった。
遺書とかはなかったらしい。
自殺か他殺かわからないから、両方の線で調査を進めているという話だ。
正直なところ、俺にはわからない。
道倉と言い合いをしていた時の真田の顔は余裕に満ち、芙貴が誰の物であろうが必ず自分の物にしてみせる、といった自信に溢れていた。
そんな奴が急に自殺などするものだろうか?
一方で、真田は自殺じゃなくて殺されたという噂もまことしやかに流れている。
殺したのは道倉なんじゃないかっていう話だ。
さすがにあのロビーでの言い争いを見ていた奴は多かったらしく、あの一件をもって痴情のもつれなんじゃないかって話につながるわけだが、『あの』芙貴がそんな下手を打つはずがない。
それ以前に、高校生の痴情のもつれっていうのはどういうものなのか俺にはピンとこないが。
警察もそのあたりは調べていたみたいで、道倉は事情聴取を受けている。
真田に自殺する理由が特にない上に死亡する前に口論をしていたっていうのは、警察にとってかなり重要なファクターらしい。
そういうのもあって、道倉犯人説っていうのが流れているらしいが、噂なんてものは勝手に変質していくもんだ。
だが、俺にも引っかかる点はあった。
無論、それはラーメンを食べに行くときに見かけた光景だ。
安土と芙貴に絡んでいた不良どもと話をしていたらしい道倉の姿。
そして真田の訃報を聞いたとき、道倉の顔から血の気が引いたのを俺は見逃さなかった。
俺が口外するはずもないが、噂というものはどこからともなく広まる。
道倉が犯人らしいという噂から、道倉が犯人だったというのに塗り替えられるまでにそう時間はかからなかった。
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