第13話 9月30日 秋の夕空[他者視点]
「ばいばい、委員長」
「ええ、また明日」
校門でクラスメイトと挨拶を交して帰路に着く。
空を見上げれば、夕日が沈もうとしているところだった。オレンジの光が町全体に最後の輝きを見せつけている。
今日はバイトを休ませてもらった。正確には九重先生のドクターストップがかかってしまったんだけど。
通り過ぎる冷たい風に、思わず身体が震える。
9月も終わりになるとすっかり秋の装いだ。お昼はそうでもないけど、下校時刻にもなるとかなり寒い。明日あたりから冬服にしないと風邪でもひきかねない。
一人暮らしをしているから、健康管理には人一倍気をつけないといけないというのも九重先生からのアドバイスだ。
おまけに、二学期が始まってからの新生活で無理を重ねてきているから身体を休めなさいというお達しまで受けてしまった。
そんなことありませんと言ったところで、その言葉に説得力がないのも事実。だから、私は素直に従うことにした。それぐらいの分別は持っているつもりだし、自分でも無理をしていたのは重々承知していた。
「君はもう少し『働く』ということを意味を考えるべきだな。高校生としてできること、許されることだけを優先すべきだとは思わないか? 今この時というのは決して帰ってこないものだぞ?」
笑いながらそんなことを言われてしまっては仕方がない。
だから、高校生らしい生活をするためにも、バイトの数を減らすことにした。生活があるから全部はやめられない。でも、大学へ進むことに関しては両親に相談しようと思う。
久しぶりに家族に会いに行くと決めた。
考えてみれば、一ヶ月近く会っていない。何をしたところで元には戻らないかもしれないけれど、今のうちに話しておかなければいけないことがある。
もう逃げるのは嫌だった。世界は決して優しくないけれど、だからと言ってそれに甘えたくはない。
一歩、ほんの一歩だけ道を進んでみよう。
まだ目的のわからない自分の道を……。
つぐみと一緒に歩く。
この親友は今日だっていつも通り。でもそれは彼女の強さだということを、今はとても理解できる。
顔をあげた先には大きな夕日が浮かんでいた。
「ねえ、真子。なんかいいことでもあった?」
やっぱり彼女はいつものように鋭くて、ごまかしなんか通用しそうにはない。
「んー、そうね。いいことあったっていうか、逃げ場がなくなって開き直ったっていうか」
「はあ?」
本気で困惑するつぐみのその顔が面白くて、思わず笑ってしまった。
「あー、ひっどーい。ここんとこ様子が変だったから、ずーと心配してたんだよ? そんな親友に対してそれはないんじゃない?」
「ごめん」
素直に謝ると、つぐみはにっこりと笑った。
「よろしい。本当なら『原っぱ』のラーメン一杯と言いたいとこだけど、真子が元気そうだから許してつかわそう!」
本気で心配していてくれたこの親友のためにも、もう私は私に負けたりはしない。
でも、笑ったくらいでラーメン奢らそうってのはどういう了見なんだろう。
「そろそろ半袖じゃ寒くなってきたわね。今日あたり冬服を出さなくちゃ」
「真子は偉いよねー。そーゆーの自分でやっちゃうし。あたしは寒いのってあんまり気にしないから平気なんだけどなあ」
そろそろ屋外のプールだと水も冷たいだろうに今日もつぐみの髪からは塩素の匂いがする。
「ねぇ、真子」
ふと、つぐみが私の顔を覗き込んできた。
「もし、願い事が叶うとしたら、真子はどんなことを望むの?」
思いもかけない質問。でも、なぜか私の心の中にその答えは用意されていた。
「さぁ、わからないわ。その場になって考えてみないとなにも言えないかも」
「代償とかなくっても? 真子が困ってて、それすらも解決してくれるとしたら?」
なんでつぐみがこんなことを聞くんだろうなんて思いながらも、なぜかきちんと答えなければいけない気がした。
「そんなこと決まってるでしょ」
そう、決まっている。
「誰にも頼らないで、真正面から向き合うわよ。もしも自分の力だけでどうにもならないのなら」
そう、胸を張って言える。
「私の頼もしい友人を頼るわ」
そうして、ウィンク一つ。
ニ、三度目をしばたたかせたつぐみは、その後大声で笑い始めた。
「真子がそんなこと言うなんて思わなかった」
「そんなにおかしいかしら。素直な気持ちよ?」
その私の言葉にまたひとしきり笑うと、つぐみは私の大好きな笑みを浮かべた。
「まっかせなさい! 困ったことがあったなら、このつぐみさんが全部解決してやるんだから」
ガッツポーズを取るつぐみは、やっぱりいつものつぐみだった。
「全部力づくでね」
「真ぁ子ぉ!?」
腕を振り上げて追いかけてくるつぐみから、私は笑いながら逃げる。
けれどすぐに捕まって髪をぐしゃぐしゃにされたから、今度はお返ししてやる番だ。やっぱり笑いながら逃げるつぐみを、私は追いかける。
いつもと同じ風景。でも私がこれを取り戻せたのは、私一人の力ではなかった。今、前を逃げる友人と、そして――が助けてくれたおかげ。
と、向こうから歩いてくる黒いスーツ姿の人が目に留まった。スーツよりも目を惹く、鮮やかな金色の髪。
すたすたと歩いてきたその女性は、間近で見ると驚くほど綺麗だった。こちらをちらりとだけ見て、すれ違う。
「……借りは返したで」
「え……?」
振り返ると、そこに彼女はいなかった。
まるで、最初から誰もいなかったように。
ただ白い綺麗な月だけが紫色に染まった空にかかっている。
でも、だからこそ。
「さようなら」
別れの言葉だけはきちんと言った。
後に残るのは秋の夕空。
それも徐々に色を失っていこうとしている。
昼と夜との境のこの時間に出会った彼女と、私はどこかで会っていたような気がする。
それはとても楽しくて、懐かしくて、勇気づけられた。
私にとって大切な時間だった気がしてならない。
私は彼女の名前すら覚えていないけれど、一緒の時間を過ごしたことだけは間違いなく事実だと信じられる。
だから、きっとまたどこかで出会えることができると思いたい。
「まーこー、どうしたのー?」
ひんやりとした秋の風と一緒に、つぐみの声が私の背中を押した。
そう、私はまだまだ頑張っていける。私だけじゃできないことだって、誰かと一緒ならできるということを知ったから。
「ううん、何でもない」
そして今度こそつぐみを捕まえるために私は走り出した。
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