第16話 9月21日 天川祭当日
朝になる。
天川祭が来る。
特別な一日の、特別な物語が始まる。
馬鹿馬鹿しい騒ぎが続いている。
右も左も前も後ろも上も下もどこを見ても喧噪喧噪また喧噪だ。ノリがいいのか調子がいいのか、たぶんその両方で、同じ阿呆なら踊らにゃ損と思い切っているのかもしれない。誰も彼もが喧噪の渦に巻き込まれ飛び込んで、拡大再生産と自己増殖に努めている。
ひどくやかましい。
睡眠不足にいらつき、百道先輩の手がかりがないことに焦り、どこにいっても騒ぎから逃げられないことにいよいよ苛立ちがピークになる。
美空先輩と一緒に天川祭に出た。
お好み焼きを食べたり、なぜか焼きそばを焼かされたり、珈琲を飲んだり、演奏を聴いたり、チラシをもらったり、なぜかチラシを配ったり、店番をしたり、発表をしたり、演劇を見たり、こっそり穴場を見つけていちゃついたり――。
全部何もかも関係ない。
「百道先輩が来るかも――」
よほど隠れて寝ていようかと思ったけれど、そう考えると休む気にもなれず、一秒ごとに憔悴が身体の芯を蝕んでいくように思う。焦っている時点ですでに百道先輩に負けている気がして、ますますいっそうさらに気が滅入った。
ひどい勝負だ、と思う。
ルールを決めるのは相手。選択権もイニシアチブも百道先輩にある。こちらには選択の余地も考慮の猶予も与えられず、いつ始まるかわからないプレイボールのために延々素振りを続けるような真似を繰り返さないといけない。
そして、止めることもできない。
終わるまでは続けるしかない。
「二手にわかれて警戒しましょう。ヤツを見つけたらすぐに襲わず誘い出す。旧校舎を使いましょう。あそこは今回使われてないから誰にも見られることはないはずよ。合図を決めておきましょう。見つけたら吠える。…………宗哉くん、大丈夫?」
「……………大丈夫、です」
自分で声を聞いても大丈夫ではないのがわかる。昨日一日で思った以上に疲労していた。
眠っていないのが上乗せされて気分が悪い。焦りがさらに神経と体力を秒刻みで削り取っていく。
「ヤツが逃げたらその時は足止めして、もう一人が来るまで待つ。先走らないこと」
「先輩こそ無理はしないで。一人でヤツと戦うのは危険だから。ヤツは、僕が、片づけるから」
「わたしは平気。大丈夫、注意する。昨日みたいなことはない。…………宗哉くん」
「………………はい?」
「休んだ方が」
「大丈夫だからっ」
語気が荒くなった。
そんなつもりはなかったと後悔する。美空先輩が怒られた飼い犬のような顔をするけど、すぐにいつもの無表情を取り戻す。
猟犬の顔をして背を向ける。
「なら、わたしはこっちから」
歩き出した。
一人になる。
何故か取り残された気持ちになる。
気分が悪い。何よりも自分に気分が悪い。
空いている教室に潜り込んだ。
息を殺す。気配を殺す。ただじっと待っている。地平線を渡る風みたいに天川祭のどよめきが届く。待つだけの時間は拷問のようで、うとうととしては慌てて目覚めるというサイクルを繰り返す。
百道先輩は現れない。
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