第8話 9月11日 三日目 違和感の侵略
何かがおかしい。
まるで最初のボタンを掛け違えたワイシャツのように、何もかもがちぐはぐで落ち着かない。
学校全体が来週にもある
自分の席で頬杖をついて窓の外を眺める僕を、得体の知れない焦燥感が苛んでいた。
黒板を白墨が滑る堅い音。
担当教諭が口にする英語の発音。
ノートにシャープペンシルの走る独特の緊張。
一定時間毎に授業の開始と終了を伝えるチャイムの歌声がする。
休み時間になると、来たるべき学祭におけるクラスの出し物について、三輪つぐみががなり立てるやかましい声もする。
あの幼馴染は昔からイベントものは大好きで、何かあると頼まれなくても厄介事を引き受けてくれる周りには便利な奴だった。
もっとも僕にとっては、様々な厄介事を勝手に引き受けた上に、一方的に後始末を押しつけてくる極めてタチの悪い女だったんだけど。
そういった日常の音楽の全てを、空疎で意味のない他人事にように僕は見つめている。
「最近の宗哉は本当に元気がないね」
「そうかな?」
「ああ、張り合いがなくて寂しいよ」
黛の淡い微笑がまるで差し込む日に溶けるようだった。整った顔立ちとあいまって、そこにいるのが映画の登場人物であるかのように現実感を喪失させる。
黛は深く尋ねようともしてこない。
いつもそうしているように、必要なときには其処にいて、こちらから話すようになるまで何日でもふわりとした笑みを浮かべたまま待っている。
けれど、僕には何一つ話すことはできない。
万華鏡のようにくるくると装いを変えていく日常という名の時間と僕の距離が、少しずつ離れていく音が今も聴こえている。
いつの間にか、名も知らぬ深くて大きな河の対岸につぐみや黛がいて、僕はひとり、美空先輩のいるこちら側に残っている。
いや――
渡っていったのが僕なのかも知れない。
「そういえば昨日からなんかへんなんだよ」
「変……? たしかにね。後輩を怖がらせるなんて宗哉らしくなかったな」
「あれは……まあ、ちょっとした……そう、勢いってやつだよ。それにしたってハサミは飛んでくる、花瓶は落ちてくる、財布は落とす、猫のウンコは踏む、車に轢かれかける、黄昏刻の少女らしい姿を見る……」
「…………それはすごいな」
おまけに落石も二回。
「祟られてるんじゃないのかい。猫は七回祟るっていうけどね」
「猫なんか殺してないさ」
深くため息をつく。
「なら、狼でも殺したか」
「……なんだよ、それは」
「都市伝説さ。狼を見たってね。狼を見た者は神隠しにあう――とかいうことだよ」
「へえ…………」
人の噂というのはつくづくあてにならない。
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