第133話

「無理強いするつもりはないんだけど、私、前に病気して生めない身体になっちゃったでしょ―――」


 以前、潤からこの話は聞かされている。だから驚きもせずに耳を傾けていた。


「だから孫を見せられるのはもう梨絵ちゃん達しかいないのよ。お父さんたちは私達の手前、あまりその話には触れようとしないんだけどね。けっこう気を遣ってくれてるみたいで。もちろんお父さんたちだけでなく、私もすごく楽しみにしているのよ」


 由紀恵さんの言いたいことは犇々と伝わって来る。目を見て私も頷いた。


「一応、頑張ってはいるんですけど―――」


 しかし、報告できるのはこんな言葉しかない。


「そう。じゃ楽しみにしているから。そうそう、あまり頑張りすぎてもダメだって聞いたことがあるから程々にね」


 こくりと頷いた時に義母の多恵子さんが顔を見せた。


「あら、なんだか楽しそうな雰囲気じゃない」

「ええ。グアムの話をまた訊いてたのよ」


 由紀恵さんが上手にはぐらかす。私も話を合わせた。いずれにしても両家からの声は少なからず負担であることは確かだ。どちらにとっても初孫。潤もそのあたりは十分わかっているはず。



「仕事帰りにちょっと実家寄ったら由紀恵さんに子供はまだかって訊かれちゃったよ」


 結婚四年目に入った鈴虫が鳴きそうな夜のこと。潤は帰る早々頭を掻きながら苦笑を浮かべた。


「それでなんて答えたの?」


「とりあえずは頑張ってるからって」


 上着を脱ぎながら潤がカレンダーに目をやる。


「そういえば今日だっけ?」


 いつ人が来ても良いように二人だけがわかる印をカレンダーに記してある。その印とは排卵日の二日前を示すもので、一般的に受精しやすくなる日と言われている。これを付け始めたのは三年目辺りからで同時に基礎体温も計り始めた。


 結婚してしばらくは避妊具を使おうとは思っていたが、グアム以降は特に避妊はしていない。


「ちょっと疲れてるけど、やるか!」


 潤が自分に気合を入れるかに声をあげる。


「いやよ、そんな言い方。仕方なしにするみたいじゃない。印をつけたのはその日が良いってことだけで、無理をしてまでってことじゃないんだから」


「わかってる。ちょっと言い方がまずかったな」


 ネクタイを緩めながら私の頬にそっとキスをする。こんな他人には見せられない生活の中で気が付いたら妊娠していたというのが理想なんだろうけど。



「飲むんでしょ?」


「え!?良いのか?だって今夜は―――」


「いいの。自然に行きましょう!知り合いには十年くらいして出来たなんて人もいるんだから」


 潤に言ったつもりでも、自分に言い聞かせている台詞にも思えた。


 十年ならまだまだ。気長に行こうと思ったら少しだけ気持ちが楽になった。結局、カレンダーの印に促されるように私達は肌を重ね合った。


 荒々しく息を吐き出し、私の横に倒れ込むと潤は何か言うわけでもなく寝息を立てはじめる。それを横目に私は、「ご苦労様」と心の中で労った。

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