第119話

―――「自分で自分の新婚旅行のホテルの手配してどうするのよ?」


 美咲と話しているのが耳に入ったらしく、佐々木さんがあきれ顔で私たちのところへやって来た。


「グアムのホテルには何度も連絡していますから大丈夫ですよ」


「そんなことを心配しているんじゃないの!これからいろいろ結婚式だとか疲れることが多いんだから少しは楽をしなさいって話よ。そういう時のために私達が要るんでしょ」


「社員の特権ですね」美咲が言ってから佐々木さんと私に目を向け、「私がやりましょうか?」と瞳をキラキラさせる。


「あなたはダメ!」


 掌をヒラヒラさせて佐々木さんが睨みを利かす。


「こういうのは私に任せなさい。と言ってもツアーの方が何かと楽でしょ?」


 単独で行動するよりは至れり尽くせりのツアーの方が楽なのは知っているし、私もお客さんにいつもそう話している。だから佐々木さんの声にも迷うことなく頷いた。


「着いた朝から行動できるからムーンフライトが良いかしら―――」


 




 頼りになる女性だと暗い車内で私は口角を少しだけ上げる。楽しいことを思い出しほんの僅か気分が楽になった。


 車内にいた担当者がホテル名を告げる。一分も満たないうちにホテルのエントランスに到着すると、いそいそと車を降りて自分たちの旅行鞄を受け取る。ここで降りたのは私達だけで車内にはまだ一組が残っている。


 車から降りてタモン北側のエリアにあるホテル『PARADISE ISLAND GUAM』を見上げる。日本語読みでは『パラダイス アイランド グアム』だ。暗がりであっても見上げるような高さは分る。


「大丈夫か?」


 ボーッとしていた私に潤が声を掛ける。到着した安堵から少しは身体も楽になったようで、微笑みを返すことが出来た。それからエントランスホールへと向かう。時間帯だろう。ロビーはしんと静まり返っていて照明もほの暗い。


 フロントには私達を待ち受けるように一人の男性が立っていて、二人並んで手続きを済ませる。応対は英語だったが、なんとか無難に終了したのでホッとした。


 ポーターはいないということを事前に聞かされていたので、鍵を受け取ると自分たちで鞄を持って部屋へと向かった。向かった先は十階の『1032』という部屋だった。寝静まっているのかホテルの内部はどこも静寂に包まれていて、咳をするのも躊躇いたくなるほどだ。


 部屋の扉の閉じる音を聞いた途端、旅の疲れが一気に出たのだろう。潤はベッドに腰を下ろしてからそのまま倒れ込んだ。私も潤とは別のベッドに腰を下ろす。


「二時‥‥‥過ぎたのか」


 腕時計を見てから大きく息を吐き出すと、潤は窓の方へと歩いて僅かばかりカーテンを開けた。


「さすがにこの時間じゃ海は見えないよな」


 私の方に振り返って疲れ気味の顔に苦笑を浮かべる。


「起きたら見られるはずよ。すぐそこがタモンのビーチのはずだから」


 私も実際に見たわけではないので知ってる知識を潤に伝えるだけだ。寝ている人に迷惑になるだろうからと、着替えだけ済ませてそれぞれのベッドに潜り込んだ。

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