第120話

「おはよう」と潤に声を掛けたのは朝の八時を少し回った頃だった。


 やっとこじ開けたという瞳で私を見つめ、「おはよう」としゃがれた声で言ってからまた目を閉じた。まだまだ寝足りない感じだ。


「海が奇麗よ!」


 潤を早く目覚めさせようと声を弾ませる。私が起きて最初に見たのは海だった。この海を見ただけでもグアムに来た価値がある気がする。


「シャワー浴びたのか?」


 濡れた髪をタオルで拭っているのを横目に潤が身体を起こす。


「だって、汗臭いでしょ」


 そのまま寝たことを思い出したのか、フッと一つ笑ってから、「俺も」と呟いた。


 けだるそうに立ち上がった潤は私と同様に窓際に向かう。真っ暗で見えなかった海が私と一緒で気になるのだろう。「凄いな」と潤が声を漏らしてからガラス戸を開きテラスへと出た。私も後に続く。その後はしばらく無言だった。


 伸ばした手の先に真っ白なビーチが広がっている。その先に広がる海は青とも緑とも言えない色合いでまるで写真でも見ているような美しさがある。見惚れて声が出ないのも頷ける話だ。


「日本じゃ、これは見られないな」


 驚きで目が覚めたとばかりに、潤はシャワールームに向かった。その横顔だけでもワクワクした気持ちが伝わって来る。一緒に来られて良かったと私は細めた瞳に再び青い海を映した。



 着替えを済ませてから部屋を出ようとした時、潤が急に後ろを振り返った。


「そうだ。チップを入れるんだっけ」

「あ‥‥‥ええ。うっかりしてた」


 サービスに対する感謝は日本では浸透していないため、私も言われるまで全く忘れてしまっていた。腰に巻き付けたウエストバッグからコインを取り出し、それぞれの枕の下に入れる。この動作もなんだか妙な感じがする。その様子を潤がじっと見ていた。


「見慣れないお金だから高いのか安いのかピンと来ないな」


 私も同感だった。こんなお金は今まで使ったことが無いのだから当然。その後、手を取り合ってロビー階へと向かう。潤は白のスラックスで私は白のスカート。上は二人ともグアムの海のような色合いのTシャツでこの時のために買ったものだ。いわゆるペアルック。潤は気恥ずかしいと言っていたが、せっかくの新婚旅行だからと私が押し切った。


 到着した時とは違い適度に外の明るさに包まれたロビーは小奇麗で落ち着いた雰囲気がある。物珍しそうな視線をあちこちに運びながら、私達はロビーの先にあるビュッフェレストランに入った。朝食を摂るためだ。


 案内されて席へと座り、ウエストバッグからツアーで用意されたミールクーポンをウエイターに渡す。バッグはそれぞれが着けている。先ほど渡した食事のためのクーポンを始めとして、トラベラーズチェックや現金とツアーのガイドブックも入れてある。現金に関しては潤と私が半分ずつ持つことにした。


 ツアーで二日目に該当する今日は観光コースを回ることになっていたため、早々に食事を済ませて一度部屋へ戻ってから再びロビー階へと降りて来た。荷物と言っても手にしたのはカメラくらい。


 起きた時間も遅いので少々忙しない感じだ。

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