第38話

 それでももっといろんな写真を撮っておけばよかった。そして、先輩といろんなところに行きたかった。緩みそうになる涙腺をギュっと押し付けシャッターを切る。


 カチッ!


 安いカメラならではの安っぽい音が響く。


「失敗しちゃったりすると困るからもう一枚撮っておくわね」


 私はカリカリとダイヤルを回し、四人に向けてカメラを構える。懐かしいという気持ちの上を行くのは若いという嫉妬だろうか。お腹はスッキリしているし、何よりバストにはブラも不要というほどの張りがある。遠い昔の自分の胸を見て、改めて月日の流れを感じたりもしていた。


「どうもありがとうございました!」


 亜実ちゃんの声に続いて三人もお礼を言って頭を下げる。ハキハキしていて気持ちが良い。


「みんな高校生?」

「ハイ!今夏休みなんです」


 一応、知らない振りをして訊いてみる。超能力者などと言って、それぞれの名前をピタリと言い当てたらどんな顔を見せるだろう。喉元まで出かかったのを抑え込んで、適当に話を合わせていると、紗枝ちゃんがクスッと笑って、そっと三人に耳打ちした。



「そうですか~?」


 やや不満そうな顔を見せるのは若い私だ。それだけでも話の内容が伝わってくる。


「雰囲気だって!雰囲気!」


 紗枝ちゃんも亜実ちゃんも、そして先輩も大笑い。こんな瞬間をカメラに収めても良かったかもしれない。とにかく楽しそうだ。と言っても若い私は別だけれど。


 シャッターを切る程度の仕事ではあまり長話も出来ない。そう思いつつもこれだけ肌を露出していれば声を掛けてくれと言っているようなものだと口を開いた。


「みんな可愛らしいからナンパとかされるかもしれないけれど、簡単に着いて行っちゃダメよ」


「大丈夫です。私達みんな真面目ですから」


 明るく言ったのは皮肉にも亜実ちゃんだった。彼女がナンパからレイプされるのは確か翌日だったはず。タイミングよく海に来ているのだから、うまくすれば阻止できるかもしれない。



 しかし‥‥‥。


 と私は考え直す。運命は変えられないのだとしたら、きっと亜実ちゃんに会うのは事件後になるのだろう。涙に濡れて歩く亜実ちゃんにこんな見知らぬおばさんがなんて声を掛ければいいのか‥‥‥。


 気が重くなるのを悟られないようにして私は彼女らに別れを告げる。一人来た道をトボトボと歩き、それから漁港沿いにある防波堤へと向かった。防波堤には程よい風が吹いていて時折ワンピースを軽やかに揺らす。殺風景な場所だからか私以外には誰も居なかった。


 テトラポットに打ち付ける波の音を聞きながら、私は防波堤の端に腰を下ろし、そっと瞼を閉じた。


 亜実ちゃんがレイプされる。それで大切なバージンを失う。それを民宿に泊まった夜に聞かされた時はショックでいたたまれなかった。確かあの時代はレイプなんて横文字ではなく強姦と言っていた。



 強姦‥‥‥。



 嫌な響きを持つ漢字二文字を心に描いた時、当時の紙面と八神さんとのやり取りが蘇って来た。

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