第37話
やがて芳ばしいイカの匂いが鼻に届く。簡易的な海の家を横目にさらに車一台がやっと通れる路地を進んでいくと、私の視界に色とりどりのビーチパラソルが広がった。その先には穏やかな日本海。騒がしく、それでいて楽しげな声を耳に、せっかくここに来たのだからと私は波打ち際まで行くことにした。
しかし、砂浜へと足を下ろした途端、砂にサンダルを取られてよろけそうになり、つい無邪気に遊ぶ人たちとの歳の違いを感じたりもした。
パラソルやマットに気を付けながら徐々に歩くペースは上がっていく。素足に纏わりつく砂のせいだ。足が焼けるように熱い。口をギュッと閉じたまま、波打ち際までたどり着いた私は早速とばかりに波と戯れた。サンダルはビショビショ。それでも足は心地いい。
このビーチはそれほど広い方ではないが、夏のひと時を感じさせるには十分で、砂浜も海も多くの人で賑わっている。露出度の高いビキニもごくごく自然だ。やっぱり夏の海は若い人の肌がよく似合う。さすがにもうビキニは無理だし、考えただけでも恥ずかしい。
そんなことを考え照れ臭い笑みを浮かべていると突然背後から声が聞こえた。
「すみません」
声の方向を見て私は目を見開いた。ビキニの女性が眩しかったのではない。その上の顔を見たからだ。
亜実ちゃんは先輩と叔母さんの民宿に泊まりに来た時、アルバイトで一緒になった。私が中三で亜実ちゃんは先輩と同じ歳。共に年齢も近いことから打ち解けるまでには時間も掛からなかった。本来なら、家が近いから暗くなる頃には帰るらしいのだが、両親や叔母さんの許可を得て、私達と同じ部屋に泊まった。そして、恋や将来の話などで夜遅くまで盛り上がったのだった。
「あの~、シャッター押して欲しいんですけど」
そういえばアルバイトには亜実ちゃんの友達の
先輩と若い私だ。四人を見てしばし呆然となってしまった。
「あの~、聞こえてますか?」
「あっ‥‥ええ。ごめんなさいね。ボーッとしちゃった」
亜実ちゃんの言葉に慌てて我を取り戻す。手渡された使い捨てカメラを構えると、四人は並んでピースを作って笑顔を弾けさせた。ファインダー内に見えるのは紛れもなくあの時の一枚。今日という日の翌年だったはず。紗枝ちゃんが遠路はるばる先輩のところへ届けてくれる写真で、後に先輩から私がもらうことになる。
(えっ!?この写真って私が撮ってたの?)
覗きながら頭が混乱した。と言ったところで、今の私にとっては数十年前の出来事。写真の出来栄えはおろか、現在はタブレット端末に取り込み、時々眺めているのだと話しても誰も信じてはくれないだろう。
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