第80話

 店長価格に釣られて来たわけじゃない。


 愛車をカー用品店の駐車場に止めながら自分に言い聞かせる。ここに来るのは二度目。ただ、三ヶ月前の前回は話を聞きに来たので何も買っていない。食事をご馳走になってそのままというのも気が引けるので、そのお礼の挨拶も兼ねて何か可愛らしい小物でも購入しようと考えていた。


 自動ドアを潜り抜け店内へと足を踏み入れる。一度来ているので今回はそれほど戸惑わない。駐車場には既に十数台の車が止まっていて、お店の中を見て回る人も何人か見られた。商品を眺める振りをしながら、それとなくお目当ての人を探す。


 赤いツナギを一つ一つチェックする。女性らしき姿にもしやと歩きかけたが、少々ぽっちゃり目で髪も長い。  


 一通り店内を歩いてみてもスラッとした体形の短い髪は見つからず、一旦は休みなのかと諦めかけた。しかし、休憩していることも考えられるとカウンターに居る男性に訊いてみることにした。



「いらっしゃいませ」


 爽やかさを伴った営業スマイルで私を出迎えてくれる。男性は第一印象からしてベテランという感じだ。


「あの‥‥店長さんって今日はいらっしゃるんですか?」


「ええ。私がそうですが、どのようなご用件でしょうか?」


 胸元の名札に目を向ける。杉山すぎやまとあった。


「あ‥‥あの、茜さん。いえ、桑子さんって女性の方なんですけど」


 咄嗟に苗字を思い出して尋ねると、浮かべていた営業スマイルが幾分か曇った。


「お知り合いか何かで?」


 表情に疑問が加わったので、食事をご馳走になったことと、ここで働いていた川島由佳理の後輩だと伝えた。すると、杉山さんの顔から営業スマイルが消えた。



「川島さんの‥‥‥そうでしたか」


 やや口元を引き締めて、レジカウンターの一番端の席に座るよう杉山さんは手招きした。店長が違う人に変わっていて、その場で休みとも言わないことから、あまり良い話ではなさそうだと心の準備をしておいた。


 杉山さんが私の正面に腰を下ろし、一つ咳払いをした。



「桑子は退職しましてね」

「退‥‥やめたってことですか?」


 準備はしておいたものの、驚いて声が上ずってしまった。


「ええ。ちょうど一ヶ月くらい経ちますかね。実はその辞める一ヶ月前くらいだったか、桑子が事故を起こしましてね」


「じ‥‥事故を!?」


 口と目が開いたままになってしまいそうだった。頭の中で計算をする。内容からすると私と会って一ヶ月くらい後に事故を起こしたということになる。すぐにその後を杉山さんに尋ねる。


「ええ、それで救急車で運ばれたんですが、幸いなことに命に係わる様な大怪我でもなくて、見舞いに行った時は治り次第復帰するなんて本人も話していたんですけどね」


 何かを思い出したのか杉山さんは苦笑を浮かべた。


「それが突然、辞めるって話になって、理由を尋ねたんですが、違う道に行きたくなったっていうだけで詳しいことまでは。それで他の店舗に異動になっていた私がまたここに呼び戻されたって感じで―――」


 テキパキと動く茜さんの顔が浮かぶ。

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