第61話

 夕飯を断って七時二十分くらいにカー用品店に車を着けた。お客さんらしい車は一台もなく駐車場の灯りも消されていて、お店の看板を照らすライトが私の車を浮かび上がらせている程度。こんな景色を先輩も見ていたのかと、私は静まり返ったお店をぼんやりと見ていた。


 騒々しい音と共に平べったい車が近付いて来たのはその少し後だった。雰囲気的にどこかの暴走族じゃないか。そう思った私は慌ててドアのロックボタンに手を伸ばす。ただ、その手は降りて来た人を見て止まった。


 昼間会った茜さんだった。


「あたしのに乗って」


 言われるままドアを開けて乗り込もうとすると、「低いから気を付けてね」茜さんが声を掛けてくれる。ただ、ほとんど同じタイミングだったため、私の頭は屋根の部分に当たっていた。


「大丈夫?」


 茜さんが暗い車内から心配そうな声をあげる。しかし、心なし顔は笑っているようにも見えた。


「平気です」


 今度はぶつけないようにうまく頭を潜らせシートに腰を下ろす。ただ、思っていた高さと違っていたせいか、ストンとお尻が椅子に落ちて身体がビクッとなった。見た目同様かそれ以上に車内はとても窮屈に感じる。


 

 車内にこもるような音を響かせ通りの良い道に出た途端、私は思わず叫んでしまった。


 シートに背中が押さえつけられて伸ばしていた足が浮いた。


「ごめん。ちょっと驚かせちゃったかな」


 何事もないといった様子で茜さんは笑い声をあげる。


「そういえば、由佳理を初めてこれに乗せた時も同じような声出してたっけ」

「こんな速い車に乗ったの初めてです」


 心臓がまだトクトク音を立てている気がする。前の方にせり出たライトが照らし出す道路を見ながら私の身体は上下に揺さぶられていた。


「ご飯、何でもいいよね?」


 茜さんの問いに声を出すのと頭が動くのが一緒になった。もっとも頭は振動から勝手に動いただけかもしれない。




―――「大将!来たよ!」


 暖簾もない引き戸を開けて茜さんが店内に向かって声を出したのは、十分後くらいしてからだ。それでも私の運転だったら二十分は掛かっていたはず。


「おう!いらっしゃい!」


 店主の親父さんとのやり取りだけでも常連なのが伺える。白の割合が多い短髪に一見強面そうにも見える顔が私を見て変わった。


「おっ、珍しいね。今日は一人じゃないんだ。って言うか可愛らしい人を連れて来た時くらいお上品にマスターとか言ってもらいたいね」


「マスターって、鏡見てから言ってくれる」


 呆れ顔で茜さんは掌を数回振って見せる。私の顔もつい緩んでしまった。



「ここはあたしの家みたいなところだからさ。何でも話せるから安心して」


 暗いところではわからなかったけど、濃い目の緑色のズボンに上着は黄緑と全身緑に包まれている。そういえば車も緑色っぽかったと私は案内された座敷で茜さんをじっと見つめた。茜さんも私の視線に気付いたようだ。



「あたし緑が好きなのよ。だからいつもこんな感じ。いつだったか親に名前も緑が良かったなんて言ったことがあるくらいで」


 職場には男勝りの頼れるお姉さんが居て、とにかく緑色が好きなんだといつだったか先輩も話していた。


 それを思い出しつい口角も上がる。

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