第106話
―――「念を押すようでなんですが、本当に梨絵さんもそれでよろしいんですか?」
八月四日の大安の日曜日。
私の家を訪れた潤のお父さんの博之さんが一通りの挨拶を済ませてから私に問いかけた。
「はい!」と私は真っすぐ目を見て応える。
博之さんはブラウンのスーツでお母さんの多恵子さんはグレーで統一したパンツルックを纏っていて、普段目にする化粧とは異なっているように見えた。
私の返事を聞いて二人は一度顔を見合わせてから肩で一つ息をする。
「日向さんの方としても手塩に掛けたお嬢さんでしょうから、それ相応な式を望まれていたんじゃないでしょうかね?」
恐縮そうに博之さんがうちのお父さんに話しかける。多恵子さんの表情も同様だ。
八畳間の和室の座卓にそれぞれの家族が三人並んで向き合っている。時折、潤の顔に目を向けると潤も私に目で言葉を送る。緊張した空気に包まれているせいか、それがなんだか可笑しくも見える。潤はネイビーのスーツに淡いブルーのネクタイを締めている。
「まあ、結婚式というとそんなイメージがあるので、相談された時は少々私どもも戸惑いましたが、二人がそう望むのであれば、あえて派手なものにしなくても良いんじゃないかって、うちの奴とも話し合ったところで―――」
喉が渇くのか、言い終えてからお父さんは首元のネクタイを確かめるようにしてお茶に手を伸ばす。グレーのスーツやお母さんの濃い目のピンクのツーピースが新鮮に映る。私はこの日のために用意した黄色のワンピースである。
「うちのは兎も角として、梨絵さんは大事な一人娘ですから、当家としてもその辺が気がかりと言いますか―――」
額の汗を拭うようにして博之さんが頭を下げる。
「一人娘が故に少々我侭に育ててしまったところもあるんですが、ついでと申しますか、この際我侭を聞いて送り出すのも悪く無いような気がしまして。もちろん八神さんのお宅に異存が無ければって話ですが」
「いえ、うちの方は何も異存など」
博之さんの言葉を聞きお父さんが姿勢を正す。お母さんも私もそれに倣った。
「それでは八神さん、潤君、一つ娘をよろしくお願いいたします」
博之さんと多恵子さんと潤も背筋を伸ばして深々と頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いします」
何か一区切りついたようで私はそっと肩でため息をついた。向き合った全員も同じだったのか、一気に表情が緩んだ。
「どうぞ、足を崩してください」
お父さんの声を合図にお母さんと共に腰を上げた私は、いそいそとキッチンに向かいビールや料理を次々と運んだ。栓を抜く音が聞こえると静かだった和室が一気に騒がしくなる。どの顔にも笑顔が溢れている。
「うちに見えた時も私のお手伝いとかしてくれて、ホントに良いお嬢さんですよ」
「何も出来ないから驚かれたんじゃないですか?」
座卓に料理を並べながらお母さんが応える。すぐに多恵子さんが手を数回振った。
「とんでもない。手際もよくて感心したくらいですから」
多恵子さんの一言を聞いてお母さんが私に目を向ける。まんざらでもない顔だ。それでも出来の良い娘などとは親としても言えない。
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