第105話
「あの、つかぬ事をお訊きしますが、ややこしい事態と言うのは、何か騒ぎでもあったのかしら?」
「いえ、特に騒ぎって程じゃ。良からぬ雰囲気とでも言うんでしょうか。どんな話をしていたのかまでは私も把握できなかったんですが‥‥‥」
力になれなかったことを後悔しているのか雪子さんは視線を落とした。
「でも‥‥あんなことを企てるなんて‥‥‥」
「新聞に出ていた女性ですよね?」
私の目を一度見てから雪子さんは頷く。
「村上聡子さんって新聞に‥‥‥。男性の連れとしてよくお店にも顔を見せていたんですよ。初めは男性の彼女なんだろうと思っていたから、由佳理ちゃんが男性と一緒に来店した時はホントにびっくりしたというのか」
潤と付き合いだした話や聡子さんの話は何度も先輩から聞かされている。思うように進展しない恋に先輩もやきもきしていたのを思い出す。ここで一体どんな話があったのか、今となっては天国でも行かない限り聴くことは出来ない。
「考えてみたらあの村上聡子さんって女性も不幸な人生だったのかもしれませんね。由佳理ちゃんがアルバイトにでも来なければ、あのまま男性と一緒になってたんでしょうから。も~、アルバイトなんて誘うんじゃなかった」
ゆらゆらと頭を振り雪子さんは洟を啜った。
「御自分をお責めにならなくても。たまたま不幸の星の元で三人が一緒になってしまったんでしょうから」
潤と聡子さんが結婚するとか、先輩と潤が結婚をしていたならば、あの雨の夜の私と潤との出会いもきっと生まれなかったはず。人生の巡り合わせとは実に皮肉で不思議なものである。
私は熱いコーヒーを口に運び、先輩が夢見てたであろう結婚という女性にとっての一大イベントを振り返った。
―――「そんなので良いのかって親父に訊かれたよ」
潤が半ば呆れたような顔を見せる。これは予想した通りだったので驚きもしなかった。うちのお父さんも同じことを口にしたからだ。
結婚式は式場ではなく地元の神社で挙げたいと互いの両親に申し出たのが話の発端である。もちろんこれは潤と二人で決めたことで、いつしか地味にやりたいという話で気持ちが一つになっていた。
「それで良いよって言ったら、俺じゃなくて梨絵さんのことを心配して訊いてるんだって、お袋も兄貴も由紀恵さんまで一緒になって責められたよ」
グラスに麦茶を注ぎながら潤が気まずい顔を見せる。
「もちろん二人で決めたことだって話しはしたんだけどさ。梨絵さんがそれで良いというのならってとりあえずは皆納得してくれたよ。たぶん確認がてらあとでまた訊かれるかもしれないけど」
私は話を聞きながら喉を潤す。結婚と言っても二人だけの話ではない。昔、誰かから聞いた話を思い出す。
「それで披露宴というかパーティーの話もしたの?」
「一応はね。そっちの方も理解してくれたみたいだけどさ」
一日では忙しいので式と披露は別の日にしようと話し合っていた。
会場は潤の知り合いのレストランで半日程度貸し切りにすることで既に話は付けてあるそうだ。
待ち遠しい日はなかなか時間が進まない気もするが、神社や貸衣装、写真館への手続きなど慌ただしく過ごしていると、一日一日があっと言う間に過ぎていく。
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