第108話

「もう、一週間分くらいご馳走になったんじゃないですか。しばらくお酒はありませんからね」


 八畳間に笑いが起こる。うちのお父さんの顔も負けず劣らずで、ほろ酔いどころじゃない。辛うじて玄関まで見送りに出られたことに私もお母さんもホッとしていた。その後、車まで一緒に歩いていくつか言葉を交わす。腰を折って見送ってから家に戻るとお父さんが八畳間で大鼾を搔いていた。


「このまま寝かせておきましょう」


 お母さんの言葉に一度頷いてからその寝顔に目を向ける。心なしその表情には幸せと寂しさが混じっていただろうか。





 九月一日。


 式が市内にある『聖南神社』で執り行われた。あえて仲人さんも立てないと話していたため、出席したのは我が家からは私を含めて三人。八神家からは博之さんと多恵子さん。そしてお兄さんの聡さんと由紀恵さんに潤を加えて五人で、着付けなどは多恵子さんの知り合いの美容院の人が朝早くから来てくれた。


 私の髪はショートなので、文金高島田は全かつら。これがなんだか異様に重く感じて頭がフラフラする。そして白無垢を纏う。


 学生の頃だったろうか。ここで結婚式を挙げているのを見たことがある。年に数組程度だと神主さんから聞かされた。大抵はどこかの結婚式場で挙げるのだろう。



「奇麗よっ!梨絵ちゃん」


 支度の整った私を見てお母さんが喜び一杯の笑顔を見せる。お父さんも同様で持参したカメラで何枚も写真を撮ってくれた。


「なんだか、知らない人に見えるな」


 羽織袴姿の潤は私を見るなりそう言って戸惑っていた。かつらこそないが、私にすれば潤の装いも別人に見える。互いに普段とまるで違うのだから仕方がない。博之さんも多恵子さんも目を細めて私をじっと見ていた。


 結婚の儀を告げる雅楽が演奏される中、巫女さんの後に一同が続いていく。厳かな雰囲気からか身体が緊張し、思うように足が進まない。衣装のせいもあるのだろう。


 潤も緊張しているのがわかる。きっと家族の全員も同様だったに違いない。


 斎主が神前にふたりの結婚を報告したあと、三々九度の杯が潤に渡され巫女さんが神酒を注ぐ。普段は締め切りになっている扉が開けられていて、何人かの人が興味深そうに外から見ている。見られていることで余計に緊張するのか、潤の手が心なし震えているようにも見えた。


 一口目と二口目は口だけ付けて、三口目で飲み干す。この三回と言うのは神様、家族、ゲストへの感謝と誓いを込めるという意味があるそうだ。慣れないことなので私もかなり緊張していて気が付いた時には指輪の交換まで来ていた。潤が私の手を取り指輪をそっとはめてくれる。


 結婚の実感が一番沸いたのはこの時だった。



(先輩‥‥‥結婚しました)


 私は心の中で報告をした。





 披露宴は翌週の日曜。


 式と同じ大安で会場は潤の知り合いが経営するレストランだ。


 店名は『VIAGGIO』と言って、イタリア語で航海を意味するのだとか。日本語の読みは『ビアッジオ』である。

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