第128話
最後の夜くらいは日本食が良いとホテル前のタクシーに乗り込み『大門』という店に向かった。
ここは鉄板焼きに、しゃぶしゃぶ、天ぷら、と様々な日本食が楽しめるようで、店内には日本人はもちろんのこと、外国人の姿も多く見られた。薄暗い照明の中で私達はテーブル席で料理を口に運んだ。
「グアムでの夜も今夜が最後か。来た時は何日もあるって思ったけど、過ぎてみるとあっと言う間だな」
「ホント!でも素敵な時間だった」
にこやかな表情で次々と懐かしくも感じられる料理に舌鼓を打つ。鉄板焼きのお肉はジューシーでとにかくご飯が進む。潤も満足そうだ。
「久しぶりに箸を使ったら妙に落ち着くって言うか、漬物とか食べてるとやっぱり日本人だなって気がするよ。なんだか梨絵の味噌汁が飲みたくなって来たよ」
「もう、うまい事言って!でも仕事のある朝はダメよ。忙しいんだから」
口には出さないものの、潤の目は分ってると訴えていた。潤が言うように懐かしいのもある。しかし、それ以上に美味しくてついつい箸が動いてしまう。
「だいぶ、食が良いみたいだな」
私の食べっぷりに潤が呆れたように笑う。
「だって、二人分食べないと」
クスッと笑う私を見て潤の箸がピタッと止まる。口も半開きのままだった。
「二人分って‥‥‥いくらなんでも‥‥‥」
「早すぎるって言うんでしょ!でもそんな予感がするの」
一旦箸を置いて軽くお腹を撫でる私を穏やかな視線で潤が見つめていた。
グアム最終日の朝は忙しなかった。
六時三十五分発の飛行機に乗らなければならないためで、起きてからはただただ身支度を済ませるので手一杯。旅行鞄を手にロビー階で手続きを済ませてから外に止めてある車に乗り込む。
空は既に明るく私達をひんやりとした空気が見送ってくれる。車窓に流れていくヤシの木が旅の終わりをも告げるようで、少しばかり心に寂しい風が吹いた。
身体に伝わる振動が消え去ったのを感じると同時に、小さい窓から見える景色が下方に移っていく。グアムの地を離れた瞬間でもあった。来るときは真っ暗で何も見えなかったが、帰りのフライトではすべてが視界に映る。私はそれらを記憶に留めようと窓の外を見つめた。
見上げるようなヤシの木が楊枝のように変わっていく。どこかそれが名残惜しく潤の手を握りしめた。高い上空に上がってしまえばゆらゆらと揺れる翼と空と雲以外に見るものはない。
「けっこう揺れるもんなんだな」
潤も翼を見て驚いたようだ。
「ポキッって折れそうにも見えるんだけど」
「いくらなんでもそれはないだろ。もしあったとしたら今度は二人揃って違う楽園に行けるかもしれないな」
まだまだ新婚生活は始まったばかり。とは言え共に行けるのならば、それはそれで悪く無いと潤の目を見て微笑んだ。
日本到着を教えてくれたのは身を縮めたくなる気温だった。南国を満喫したであろう軽装な人々は口々に寒いと声を出す。
その光景を私と潤とで笑ったが、日本を出た時と同じ格好の私達でも知らぬ間に同じ台詞を口にしていた。
寒いと思わせる気温は私の回想にもピリオドを打ったようだ。
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