第112話

「乾杯っ!」



 最後はやけくそのようにグラスを高々と掲げて美咲は叫んだ。乾杯という声と笑い声が半々ぐらいの中、美咲はこちらを向いて舌をペロッと出す。私は美咲に拍手を送った。


 乾杯の掛け声のタイミングで店内に心地良いBGMが流れ始める。お店の人が考えてくれたのだろう。


 それから私達は一つ一つテーブルを回って挨拶とお酌をした。テーブルも少ないのでゆっくりと時間が取れる。


 吉岡さんのアナウンスが流れる。写真を端から回していくというもので、式の後に神社のすぐ近くの写真館で和装と洋装をそれぞれワンカットずつ撮影したものだ。


「わ~っ!奇麗~っ!」


 別のテーブルから声が聞こえる。なんだか照れ臭い。


「八神がカッコよく撮れてるぞ」


 潤も反応が気になるのか、声の方向に目を向ける。写真を見ているのかこちらに誰かが手を振っている。


「梨絵ちゃん。おめでとう!」


 海で民宿を営む叔母さんから声が掛かる。隣に居るおじさんも同様で終始にこやかだ。潤とは面識がないので私がその場で紹介する。潤が満面の笑みで頭を下げた。二人の笑みが幾分か変わったのは、同じテーブルに着く徹さんを前にした時だった。



「この度はおめでとうございます」


 ビシッとしたスーツに身を包んだ徹さんが奇麗な角度で首を垂れる。私達も笑顔でお礼を返す。短いやり取りだったものの、元気そうな姿が何よりも喜ばしかった。その一方、空いた皿を片付けたり、頼まれたビールやジュースを運んだり、スタッフは慌ただしく動き回っている。厨房の方も忙しそうだ。


 私の会社のテーブルまでやって来た。


「美咲!良かったわよ」


 場を盛り上げてくれたと私は労いの言葉を掛ける。


「も~っ!恥ずかしくて倒れるかと思いましたよ~」


 佐々木さんは横で大笑いだ。店長の松川まつかわさんも嬉しそうに手を叩いている。


「倒れたら松川さんが介抱してくれるって」

「え?店長に?だったら、倒れませんから」


 佐々木さんのジョークに美咲が反応する。こんなやり取りが楽しい。何気に振り返ると博之さんや多恵子さん。そして、私の両親も席を離れて挨拶に回っているのが見える。あちこちから談笑が聞こえて来る。



 次は紗枝ちゃんのいるテーブル。ここは学生時代の友達が集まっている。五人掛けのテーブルのうち三人は面識があって、紗枝ちゃんだけが孤立したような感じになってしまっている。本来なら亜実ちゃんも来て気楽に話せる相手もいただろうにと、少々気の毒になってしまった。


 ポツンと空いた椅子と手付かずの料理がなんだか寂しい。三人と二言三言、言葉を交わしてから紗枝ちゃんを紹介する。せっかく遠くから来てくれたのだからと、お喋りの時間は他のテーブルよりも長くとった。


「お料理の方はお口に合いますか?」


 私が少しばかり気取って尋ねると紗枝ちゃんは首を縦に数回振った。


「合うどころか、こんな美味しいのうちの方じゃ食べられない」


 紗枝ちゃんの言葉に三人も反応した。

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