第3話
「ええ。長いこと目を楽しませてくれるから毎年時期になると園芸店で探しちゃうのよ」
「毎年?種とかお摂りにならないんですか?」
「そこまでは、って言うのか摘心も最近覚えたばっかりなの」と私は照れ臭そうに笑った。
「そうですか。でも零れダネも勝手に落ちて翌年咲いてくれたりもしますから」
つい話のノリで言い過ぎたと思ったのか、女の子は私を優しくフォローしてくれる。まさに花好きならではの気遣いだ。
「でも、お母さんと一緒にお庭なんて素敵ね。高校生かしら?」
「はい。二年生です」
「そう!じゃ一番楽しい頃ね」
満面の笑みを浮かべて見つめると、女の子もそれに応えるように笑みを返す。爽やかなやり取りはジリジリとした暑さを忘れさせるひと時となった。
一度花達に目を移し、心の中でそっとお礼を呟き穏やかに会釈をすると私はまた見知らぬ道を歩き始めた。忘れた頃に吹くのは生暖かい風だけで、にじみ出る汗までは消し去ってくれない。せめて洒落た帽子でもあればと額を拭うと、突然、視界がぼやけて見ている世界が真っ白に変わった。
もしやこのまま‥‥‥。
ただならぬ事態に身体の危険を察知したものの、倒れるかもしれないという危惧はただの思い過ごしだったらしく、すぐに視界は元の鮮明な世界へと戻った。それでも多少の不安もあったため、どこかで一息付こうと歩きながら考えていた。
そんな思いが通じたのか、やがて足音に騒がしい声が混じり始める。その声がまるで渡りに船とばかりに私は視線の先の公園に足を向けた。
「少し休んでいこうかしら」
誰に言うのでもなく一言呟くと木々の日陰になった石のベンチまで歩き腰を下ろした。それから無意識にポケットに手を差し入れる。すると不思議なことに指先に布切れが触れた。掴んで出してみるとガーゼのハンカチだった。
(やっぱり魔法が使えるのね)
私は一時だけ暑さを忘れ額の汗を拭った。
ハンカチを額に当てながら周囲に目を凝らしてみる。中央にはタコの形をした滑り台があって、その近くには砂場がある。それから低学年が使うであろう低い鉄棒とシーソーも見えた。いずれの遊具にも子供たちの姿があって、気付けば私の眼差しは羨望で溢れていた。
―――誰かに見られている。
そんな視線を感じて顔を向けると一人の女の子と目が合った。距離にして五メートルくらいだろうか。真っ赤なスカートに髪はおかっぱ頭。ちょうど昔の漫画に出てくるような出で立ちだ。左手には何かを抱えている。茶色いものだが、それが何なのかは陰になって良く見えない。
近寄りたいが近寄れない。女の子の表情からはそんな気持ちがうかがい知れた。だから私は優しくニッコリと微笑んだ。それなりの歳の女性が見せる笑顔は安心を生むのだろう。女の子は一歩二歩と私に近寄って来た。
「おばあちゃん、なにしてるの?」
しかしながら、女の子の第一声には驚愕した。確かに同級生に孫の居る人も多い。とは言え、まだ五十六歳。それに私には子供も居ないので、そう呼ばれることにも慣れていない。
無邪気な声とて少なからずショックだった。
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