第2話
スキップしたくなる衝動を抑えて軽やかな足取りで音を響かせる。こんな在り来たりの音すら今は気分をウキウキさせてくれるのだから面白い。
「さて、どこへ行こうかしら」
行ってくるとは呟いてはみたものの、行く当てなど特に思い浮かばなかった。
喧騒を嫌うように、そしてまるで何かに呼び寄せられるかに足は勝手に動いていく。ただ、当初の足取りとは明らかに違うことにも気付いていた。建物から出た時は記憶と一致する風景だったのに、いつしか全く知らない住宅街の路地を進んでいる。
知らない町も新鮮で面白いけれど、多少の不安は付きまとう。そこでとりあえず現在地だけは知っておこうと両サイドにあるポケットに手を入れてみた。スマホで調べればすぐにわかるだろうと思ったからだ。しかし、そこをいくらまさぐっても何も手応えが無かった。
「家に忘れて来たのかしら」
ひと言呟いて記憶を辿ってはみたが、その記憶が何とも怪しい。主人にはスマホを忘れるなんて、と口を酸っぱくしている私がこれでは身も蓋もない。仕方なくポケットからやや潤いの衰えが気になる手を出した。
どのくらい歩いた時だろう。
私の目と足が突然止まった。自分の身体だから当然にしてもこの素早い呼吸が年齢を重ねた今は心地よくも感じる。そして私はその庭先にこれでもかと咲く色に表情を綻ばせた。狭くもないがそれほど広くもない。ただ、手入れは十分に行き届いていると思わせる素敵なお庭だ。
「奇麗よ」と私は太陽に照らされた花達に声を掛ける。すると白や赤、そしてピンクに紫と言った花が一斉にこちらを向いた。
「あら?」
驚きのあまり思わず声が漏れた。すぐに不意に吹いた風の悪戯だろうと気持ちを切り替えた時だった。水色のジャージを着た女の子が家の陰から現れ、こちらを一瞥した。
咄嗟に私はニッコリ笑って会釈をする。女の子もつられたように頭を下げたがその表情はややぎこちない。発育を感じさせるラインや顔つきから高校生くらいだろうと思った。ボブっぽいヘアースタイルがチャーミングだ。
「すみませんね。あまり奇麗だから思わず足が止まっちゃって」
私はその場を繕うように言ってから再び視線を花達に移す。女の子も私の視線を辿って表情を緩めた。
「お花も見てもらった方が嬉しいと思います」と女の子は愛情の籠った笑みで花を見つめた。
「そうよね。実はうちにも植えてあるんだけど、ここまで見事には咲いてなくて。きっとお手入れの差なんでしょうね」
私の声に女の子はボブの髪を揺らしながら二度三度と手を振った。照れくさそうな表情と仕草が可愛らしい。男の子にも人気がありそうな感じだ。
「あなたがお世話しているの?」
「ええ。うちの母と一緒に。今はちょうど買い物に出掛けていまして」
草むしりでも始めるのだろう。私は女の子が着けているゴム手袋の意味を理解した。
「摘心とかもあなたが?」
「はい。今は三回目くらいですかね。おばさんのお家にも日日草を植えられてるんですか?」
大人との会話を嫌うような年齢であっても、ハキハキと受け答えが出来る。
親のしつけがしっかりしている証拠に違いない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます