第139話
次に私の実家に行ったのは気温三十度という七月の頭だった。
歓迎するようにお父さんとお母さんが私達を出迎えてくれる。これもいつもの光景だ。ただし、何となく違和感があった。ダイニングに向かおうとする私達を制して、話があるからと八畳の和室に座るようお父さんに言われた。
お母さんがお茶を持って現れ座卓に向き合う形で腰を下ろす。ちょうど潤が結婚の申し込みに来た時のようだ。ぎこちない表情までもがあの時と似ている。
お茶を一口啜ってからお父さんが口を開いた。
「先週だったか、潤君のお父さんとお母さんがお見えになって、二人が居る場所に座ってもらったんだけど」とお父さんが潤と私に視線を向ける。お母さんは手を膝の上に置いて俯いている。
「座った早々、二人揃って畳に頭を着けたから驚いたというか―――」
その時の光景が蘇ったのかお父さんは苦笑を浮かべた。
「私もいきなりだったでしょ。だからもうびっくりしちゃって」
どうやらお母さんも同じだったらしい。
「それで頭を下げた理由を訊かせてもらったんだけど、これにも驚かされたよ」
この辺りまでくると私にも大体の予想はついた。たぶんあの話だろうと。
「不出来な息子で申し訳ないって何度も謝られて、こっちも弱っちゃったよ。こればっかりはしょうがないって頭をあげてもらったんだけどね」
「申し訳ありませんでした」
胡坐から正座に替えて潤が深々と頭を下げると、掌を数回振ってお父さんが笑いながら言った。
「何も謝る事じゃないよ。たまたま潤君であって、もしかしたらうちが頭を下げに行ったかもしれないんだから。そりゃ~、ショックが無いって言ったら嘘になるけど、二人に比べれば私達なんかたいしたことじゃ無い」
「そうよ。一番ショックなのはあなた達なんでしょうから」お母さんもあとを続ける。
労いの言葉に肩の力が徐々に抜けていくのがわかった。きっと潤も同じだったはず。
「大丈夫!なにも世界で私達だけって話じゃないんだから、これからも夫婦仲良くやっていきます」
話しながら私は出来る限りの笑顔を見せた。そして、潤と一度顔を見合わせてから、お父さんとお母さんに向かって力強く頷いた。
―――二年後の四月。
帰宅早々、潤が私のお尻にタッチする。優しく睨んで私も問いかけに応える。一時期から見れば回数は減ったものの、愛を確かめ合う時間は以前よりも濃く感じる。わだかまりが去ったせいもあるのだろう。もちろん奇跡という文字だけはひと時も忘れてはいない。
料理を並べ終わった時、髪をタオルで拭いながら現れた潤が、テーブルの上を見て口の端を上げた。
「おっ!今夜は盛り合わせ、おまけに中トロじゃないか!」
「だって勤続二十年って朝出掛ける時に言ってたから」
ご苦労様とひと言付け加えて私はテーブルの下から細長い箱を取り出す。
「これはうちのお父さんから」
包装紙で見えなくても手にした重量で見当がついたらしい。子供が誕生日のプレゼントを開けるように包み紙をバリバリと剥がす。そして箱に記された文字を見て目を輝かせた。
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