第63話

 トン!とテーブルに丼を置き、その上に茜さんが箸を載せる。両方の器は奇麗に空になっていた。なんとか私も間に合ったと箸を置く。額にはうっすらと汗が滲んでいる。


「由佳理を何度かここに連れて来たことがあるんだよね。やっぱりあたしが食べてると日向さんと同じような目で見てたっけ」


 グラスの水をごくりと飲み優しい目で私を見つめた。その瞳は徐々に変化していく。



「由佳理を死なせてしまったのは、あたしにも責任があると思ってる。もう少し早くあいつの名前を聞いていたら、違ったアドバイスが出来ていたんじゃないかって」


「聡子‥‥さん」


 すぐに茜さんは首を振る。だから別の人かと思ってしまった。


「さんなんて、つけなくて良いんだよ」


 茜さんの目には怒りが灯っている。私は黙って次の言葉を待った。


「あの夜、下着姿でも構わないから由佳理を外まで追いかければ良かったって、未だに後悔する時があってね」


「あの夜?」


 一度こくりと頷いてから茜さんは呟いた。


「由佳理が‥‥死んだ日」


 その時の記憶でも呼び覚ましているのか、茜さんは難しい顔をしばし浮かべていた。


「由佳理の彼に厄介な女が居るって話は聞いてたんだけど、それまで名前も知らなくてさ。初めて聞いたのが仕事を終えたあの夜だったんだよね。聡子って分かった瞬間、不吉な予感がして呼び止めたんだけど、声が聞こえなかったのか由佳理は慌てて店を出て行っちゃって」


 後悔という思いが口元に現れている。絵にかいたようなへの字だ。


「それで追いかけようって出たらブラパンのままで店の男どもにすっかり見られちゃって。一応これでも女だから慌てて着替えてすぐに車で追いかけたんだけど、そもそも彼の家も知らなかったから、どっちへ行って良いのかもわからなくて。それでもどこかで見つけられるかもしれないって、一時間くらい町中走り回ったかな」


 仕事を終えた後で真っすぐ八神さんのところに向かった。だから八神さんのアパートの近くに自転車があったんだ、と話がここで一つに繋がった気がした。


 

 そして‥‥‥。


「でも‥‥‥結局見つけられなかった」


 吐息にも似た声で茜さんは力なく呟く。無念という声だ。


「あん時、ケリを付けとけば良かったんだ」


 遠い昔を見る目で茜さんがポツリと漏らす。



「‥‥ケリを?」

「昔、聡子とあたしはレディースの頭やっててね」


「‥‥レディース」


 名前の響きくらいは聞いたことはあると不安げな声を出すと、


「あたしのところは不良ってわけじゃないから安心して」と茜さんがニコって笑った。


「ゆすりや、たかりは一切しないのがうちのチームの売りと言うのか、むしろそういう輩を懲らしめるって感じだったかな。それで聡子とのチーム同士の折り合いが悪いって言うのか、いざこざが絶えなかったんで、聡子とタイマン張ろうって―――」


 瞳にメラメラと炎を灯して茜さんが続ける。

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