第64話
「それで負けた方は潔く傘下に入るか解散する。ここまでは聡子と話はついてたんだよね。あの女、特に色恋沙汰になると残忍になるっていうか。その当時だったか聡子が付き合ってた彼氏が浮気したらしくてさ。そうしたら相手の女を呼び出して裸にして、大事なところにバラの‥‥。あ‥‥こういう話は聞きたくないよね。まったく、悪いのは野郎の方なのにさ。結局、その彼氏とは別れたみたいだけど、そんな悪態は数えきれないくらい耳に入って来てたっけ」
すべてを聞かなくても身体がゾクッとするのがわかった。
「それでタイマン張ろうって日だったかなぁ。聡子の親が急に亡くなってさ。それで改めてなんて考えてたんだけど、結局それっきり―――」
そこで一旦、茜さんは顔を数回振る。
「気が付いたらお互いレディースからも引退しててさ。今更タイマンもないだろうって聡子とは話を付けたんだけど、白衣の天使が聞いて呆れるわ。外面ばっかり良くて、裏は性悪女のまま。殺したかったよ‥‥聡子を」
八神さんも確か同じことを口にしていた。私はどうだっただろうかと考えた時、
「あの聡子って女が関係してるって分かった日は荒れたね~」
しみじみとした、それでいて昔を語るような声がカウンターの奥から届いた。お店の親父さんだ。
「日本酒ガンガン煽ってさ~。聡子の奴殺してやるって。大泣きしながら鼻水垂らして、しまいにはその辺でゲーゲー吐くし―――」
当時の光景を再現するかに、親父さんが派手なゼスチャーをして見せる。茜さんはそれに表情を曇らせた。
「もぉ、そんな作り話しないでよ、マスター!」
「あれ?こんな時はマスターになるんだからな。作り話ってよりも覚えてないだけだろ。それでとても家に帰れる状態じゃなかったから二階に泊めたんだけど、服も汚れちゃってるからさ、俺がみんな脱がせて―――」
ニヤッと親父さんが笑いを浮かべたのと同時に、奥から着物の女性が現れた。
「お父さん!嘘はそこまで。着替えなんかさせなかったでしょ。ただ二階に運んだだけ。着替えさせたのは私なんだから。茜さんが本気にしちゃうじゃない」
たぶん奥さんなのだろう。親父さんのお尻をぴしゃりと叩いてから「ゆっくりしていってね」と私達に会釈をする。茜さんも胡坐から素早く正座に替えて頭を下げた。
「しっかし、罪も認めね~で死んじまうなんて勝手な女だったよなあ」
親父さんの呆れた声が店内に響く。
今にすれば認めたからの死であるような気がする。たぶん茜さんも一緒だったのではないか。
「勝手って言うのか、虚勢を張ってたんじゃないかって思ったことはあるよ。脆い自分を隠そうとしたって言うのか‥‥。それで最終的にはあんな手段を選んだんだろうね」
茜さんの今の顔には哀れみも感じられる。死んだところで先輩は生き返って来ない。以前、八神さんが口にしたことと同じ考えなのだろうと思った。
「無遅刻無欠席があたしの売りだったんだけどね。さすがに次の日は仕事に行けなかったな。そうそう、由佳理が当時付き合ってた彼って知ってる?確かブルーバードに乗ってたと思うんだけど」
まさかお付き合いしているとも言えないので「ええ」とだけ答えておいた。
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