第101話

 ⑮と書かれたところに球が落ちた。すぐに十五個の球がガラスの上を滑り落ちて来る。潤もどこかに入ったようだ。単純なのに夢中になれるところが良い。ガラス面の上の球が増えだすと途中から弾いた球の行方が見えなくなる。それでもどこかに入ったりするとまた上から球が追加される。調子の良いときは半分ほど覆われていた。


 潤の調子は今一つで残り球も少なくなっている。共有しても良いと言われたので私の分を分けてあげた。減ったり増えたりを繰り返しながらもけっこう遊んだ気がする。


 私が放った最後の一個を見届けると、揃って腰を上げお婆さんに一声かけた。見合わせた顔には満足感が滲んでいた。



 宿に戻ると中央の座卓が端に寄せられ布団が二組敷いてあった。当たり前の光景ながらそれを目にしてドキッとする。初めて潤と同じ朝を迎えるという喜びかもしれない。


「あんなものでもけっこう熱くなるもんだな」


 煙草に火を点け潤が楽しそうに話す。


「すごく夢中になっちゃった」


 私は猫の頭を撫でながら微笑む。



「さすが『グランツ』の日向さんだ。良いところを案内してくれた」

「今後とも『グランド・ツーリスト』をよろしくお願いいたします」


 畏まった姿勢で頭を下げると潤が笑いと煙を一緒に吐き出した。つられて私も吹き出す。この上ない幸せに浸った瞬間だった。


 寝る前にもう一度揃ってお風呂に出掛ける。前回同様、戻って引き戸を開けると潤のスリッパがあった。


「早いのね」髪にタオルを当てながら呟く。


「男は早いって言うか、ザッと沈んで温まって来ただけだから」


 座卓の上にはビール瓶が置かれていて、冷蔵庫から出したのか潤がグラスを傾けている。


「梨絵も飲むか?」

「じゃ、一杯だけ」


 本当はジュースかお茶が飲みたかったけど、同じ宿で同じ時間を過ごしているのだから、と私は座卓に歩み寄りグラスを手にした。聴こえるのはビールを注ぐ音とゴクリという喉の音くらいで部屋は静まり返っている。グラスが空になったタイミングで、ようやく潤が声を発した。



「そろそろ寝るか」

「ええ」


 明かりを落としてそれぞれの布団に潜り込む。シーツはサラッとしていて枕はふんわりと柔らかい。その感触を確かめるように潤は何度も頭を上下させている。そういえば、布団で寝るなんていつ以来だろう。目を閉じて今日の出来事を振り返っている時、「‥‥梨絵」と潤に呼ばれ顔を向ける。


「そっちに行っても良いか?」


 薄暗い部屋の中でも見つめ合っているのがわかる。数秒という時間が流れた。


「‥‥‥ダメ」


 唯一灯した僅かな照明が潤の穏やかな笑みを照らす。笑みが消えるのと同時に顔が天井を向く。私はしばしその横顔を見つめてから呟いた。



「私がそっちに行く」


 サッと布団から抜け出た私は招かれるように空いた布団に潜り込む。アルコールのせいなのかは兎も角として寄せた身体は熱を帯びていた。


 潤が身体の向きを変えた途端、私の唇は塞がれ、その後帯が解かれた。

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