第70話

「そんなつもりは毛頭ないんだけど、コソコソ付き合ってるように思われても困るから」


 一旦そこで言葉を切ってから、「じゃ~、今週末の土曜に行くって話してもらえるかな」


 その一言に私の顔は自然と明るさを増した。


「わかったわ。きっとお母さんもお父さんも喜ぶわよ」

「え?喜ぶのはその二人だけ?」


「もぉ~っ!それは訊かなくてもいいの!」



 約束した通り、十五日の土曜の夜に家のチャイムが鳴った。待ち人来たるとばかりに我が家総出で出迎えた。礼儀正しく腰を折った八神さんも、やや気圧されたのか笑顔がなんだかぎこちない。そんな顔に私はクスッと笑いを漏らす。トレーナーの上にジャンバーと今夜はラフなスタイルだ。



「ただ酒じゃ申し訳ありませんので」


 左手に持った細長い箱をそう言って差し出すと、お父さんの目がパッと開いた。こんな顔を見るのも久しぶりだ。靴を脱ぐ暇も与えないほど、慌ただしくダイニングに招き入れ、腰を下ろすと同時にお父さんは戴いた箱を開け始めた。



「も~っ!なんです。戴いた早々開けたりして」


 呆れ顔のお母さんも声は楽しそうだ。私は脱いだジャンバーをハンガーに掛けていた。


「いえ、お気を遣わないでください」


「おっ!これは新潟の有名なやつじゃないか。一度飲んでみたいと思ってたんだよ」


 取り出した瓶を嬉しそうに眺め、「まずはビールからいくか」と片手を挙げてお母さんに催促する。あらかじめ準備は整っていたので、すぐにビールとグラスがテーブルに届いた。


「前みたいに飲み過ぎないでくださいよ。恥ずかしいですから」


 一応、それとなくお母さんも釘をさす。


「わかってる!わかってる!」


 透かさずお父さんが口にする。当てにならないとお母さんと顔を見合わせて笑った。泡が溢れそうになるほど注いでから、早々に二人はグラスを合わせてグイッと一気に飲み干す。それから、「ヴァ~ッ」とお父さんが品の無い声をあげる。それに私は顔を顰めた。恥ずかしいったらない。


 気を紛らそうと私は用意して置いた料理をテーブルに運ぶ。次々と並ぶ皿に八神さんも目を輝かせている。正面に座る八神さんにお父さんがビールを注ぐ。すぐに今度は八神さんが注ぎ返す。たちまちビールの缶は空になった。二人ともペースが速い。


「いや~、どれも美味しくて、ホント奥様は料理上手ですね」


「そうおっしゃっていただけると嬉しいわね。遠慮なさらずにどんどん召し上がってくださいね」


 テーブルの上がほぼいっぱいになってからは、お母さんと私も卓について二人の会話に割って入った。八神さんの隣は私だ。話の大半は他愛もないことばかり。それでも誰もが笑顔に包まれている。空き缶の量とお父さんの赤ら顔は比例していて機嫌も上がる一方。


 八神さんの顔も横から見る限りだいぶ赤い。


「じゃ~、せっかくだからこいつを戴いてみるか」


 待ちきれないという口ぶりでお父さんは頂いたお酒をトクトクとグラスに注ぐ。それから鼻の近くまで運んで香りを確かめてからゴクリと喉を鳴らした。

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