第11話
座ってからものの数秒で目の前にお冷が運ばれてきた。さすが混雑時だけあって手際が良いと、軽く会釈して店のユニフォームを着た男性を見た時、驚いてまた前を向いてしまった。
リーゼント風の男性が立っていたからだ。もちろん怖かったからではない。遠い記憶が蘇ったからで確か名前は
あの頃はやや年上にも見えたけれど、今ならどこの僕ちゃんって感じで可愛らしく見える。女の子は知ってるの?なんてからかいたいくらい。すっかりもうおばさん目線だ。
「なんにしますか?」
山上さんは右手後方に立ったまま私の注文を待っている。賑わい時にあれこれ考えて待たせるのも申し訳ないし、そもそもここに来る前から注文は決まっていた。
「イナズマスパークラーメンを」
何かの聞き間違いかと山上さんは目を見開き、「すごく辛いですけど、良いんですか?」と、もう一度訊き返して来た。
山上さんはこんなおばさんの無謀とも思えるチャレンジが面白いらしく、言い終えるなり顔がニヤついていた。そして、厨房の中へ向かう途中で、「イナズマスパークラーメン一丁」と声を張り上げた。
その瞬間、厨房の中の人や周囲のお客さんの視線を感じた。凄いというのか物珍しそうな視線だ。
その声を聞きつけたかに、カウンターの向こう側に居た三十半ばくらいの体格の良い店員さんが含み笑いを浮かべながら優しく訊いてきた。
「辛いのお強いんですか?」
「有名なので一度食べてみようかと思いまして―――」
強いとも弱いとも言えず、困ったように作り笑いでごまかした。いま店員さんに言ったことは紛れもなく本当のことだ。いつか食べてみたい。そんなことをずっと考えているうちにこの店は閉じてしまった。
ちょうど十年ちょっと前くらいだろうか。店主の方が急死して閉店を余儀なくされたと聞いた。食べたのは先輩と来たときの塩バターラーメンだけ。あれも美味しかったけれど、名物と称されるラーメンを食べられなかった悔いはずっと残っていた。
これで念願が叶う。目の前に置かれたメニューを一度見てから、ふと顔を上げた時だった。私の心はキュンと音を立てて目は一点にくぎ付けになった。カウンターの中で盛り付けをしている男性。
―――
心の中の声と共にほんの僅か腰が浮いたような気がした。
中学生だった時、高一になった先輩と夏休みに夜遊びに出掛け、視線の先にいる今村さんと先ほど注文を取りに来た山上さんにナンパをされた。閉店後だと言ってたから深夜遅い時間だ。もう何十年も前の話。ほとんど昔話に近い。
元気な声を張り上げて一心不乱にネギや山菜をラーメンに載せている。テキパキとして手際が良い。それはそうだ。今の私と違って若いんだから。
若いなんて思った瞬間、脳裏に記憶から消えかけた新聞の記事が浮かぶ。出来れば私の最初の男性なのだから長生きしてもらって偶然どこかで再会してみたかった。物珍しそうに店内のあちらこちらに目を向けながら、時折その視線に今村さんを捉えたりしていた。
ちょうどそんな時だ。
「お待たせしました」と目の前にやや大き目な丼がドンと置かれた。
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