第147話
「そういや、冷蔵庫や洗濯機はどうするんだ?二台あってもしょうがないだろ。うちのもだいぶ使ってるし、四人となると今のじゃ小さいかなあ」
「お母さんも同じこと言ってた。それに古くて小さいのは私のところも一緒。だから引っ越しの日にリサイクル業者に取りに来てもらうことになってるの。それでいい機会だから新しいのを買おうかってお母さんが―――」
考え込んでいたお父さんの顔に光が射す。
「ああ!買い物って浮かれていたのはそのことだったのか。そうか。その方が良い!せっかく二人が来てくれるんだからな」
楽しそうなお父さんに涙腺が緩みそうになる。それをくい止めようと私は窓の外に広がる空に目を向ける。梅雨はもう開けている。これからビールも美味しい季節を迎えるのだろうと唇を強く噛んだ。
引っ越し当日も予報通りの晴天で朝から夏という気温だった。職場の佐々木さんの旦那さんも顔を見せる。
「どうも。いつもうちの奴がお世話になってます」旦那さんが丁寧に腰を折った。
「とんでもない。お世話になってるのは私の方です。今日だって佐々木さんにおんぶに抱っこで」
何でもないと旦那さんは爽やかな色の作業着に相応しく、清々しい笑みを浮かべた。短く刈り上げた頭に引き締まった身体。そこからも動きの良い引っ越し屋さんがイメージできる。
「実を言うと、今朝出掛ける時もうちの奴に粗相がないようにって尻を叩かれましてね」
なんだか光景が浮かぶようだと私はつい笑いを漏らした。しばしの会話を終えてからは手際よく引っ越し作業が進んで行く。さすがはプロだ。リサイクル業者も頃合いの良い時間に現れ、洗濯機、冷蔵庫や食器棚などを軽トラックに運び込む。
十年暮らした部屋は数時間も掛からぬうちにもぬけの殻になった。
「引っ越して来た時を思い出すな」
何も置かれていない部屋を見て潤が呟く。生活臭が消え去った空間が妙に新鮮に見える。
「なんだかすごく広々して見える」
二つの部屋とダイニング、それからバスやトイレなどを見て回ってから私達はトラックを追うように実家へと車を走らせた。
「それは衣類みたいだから廊下の左側の和室にお願いします。で、次のは潤さんの衣類ね。じゃ、同じ場所で―――」
当日、一番息を吐いていたのはお母さんだった。今日だけで多少スリムになるのではないかと思えるほど忙しなく動き回っていて、早くも額から汗を滴り落としている。病室で見せた笑顔とは違ってはつらつとした声で業者に指示を出している。ひと時でも不安から逃れたいという思いもあるのだろう。もちろん私も同様で汗を拭いながら運ばれた荷物の整理に専念した。
「食器とかはキッチンで良いんでしょ?」
「良いわよ!ある程度きりがついたら私が洗って片付けるから」
顎を引いてからそれとなく食器棚に目を向ける。私達が来るということで棚の三分の一程度が空いていた。不要と思えるものは処分したのだろう。
潤も首からタオルを下げて二階に運ばれた荷物の仕分けをしている。以前泊まった和室が良いというので潤の部屋はそこに。そして使っていなかった六畳の洋間を寝室にした。
セミダブルベッドの搬入は大変そうで壁や階段を念入りに養生して慎重に運び込んでいる。私と潤、そしてお母さんはその作業を感心しながら眺めていた。
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