第56話
「髪の短い女性ってどうですか?」
「どうって、好きか嫌いかってこと?」
八神さんの視線を髪に感じる。
「私、中学の頃からずっとこんな感じなんです。小さい頃は伸ばしたこともあるんですけど、なんだか似合わないかなって思って―――」
「長い髪も嫌いじゃないけどね。それが似合ってるかどうかが一番なんじゃないかな」
営業マンらしく八神さんの髪も短く整えられている。サイドと襟足はスッキリとしていて、トップや前髪も邪魔になるほどでもない。
「日向さんには合ってるんじゃないかな‥‥可愛らしくて」
絡めた腕の力で気持ちを伝えた。苗字ではなく名前で呼んでもらえる日はいつになるのかと考えながら。
―――「ちょっとって言ってた割には長いこと掛かったわね」
帰宅するなりお母さんは、含み笑いで私を出迎えてくれた。
「洋服とか見てたら時間が経つのを忘れちゃって―――」
女性らしい言い訳が一番伝わるだろうと一先ずはその場を凌いでみる。
私も、「ちょっと――」と家を出た手前、夕飯まで食べてくると、「ちょっと――」の話では済まないし、帰りに修理工場に向かいたいと『春義山』からは真っすぐスーパーに送ってもらうことにした。
本当は途中でお茶くらいは飲みたかったのだけど‥‥。
何食わぬ顔でお母さんの前をすり抜けた時、「梨絵ちゃん」と呼び止められた。そして近付いたお母さんが私の背中から何かを摘まみ上げる。それを見て目が少しばかり開いてしまった。茶色に枯れたモミジの葉だった。
「どこのショッピングセンターに行って来たの?」
ニンマリとした笑みを浮かべそれを差し出す。この時ばかりは体裁の良い言い訳は思いつかなかった。
あの時の自分はいったいどんな顔をしていたのだろう、と懐かしい記憶に苦笑を浮かべた直後、その顔が徐々に真顔へと変わっていく。視線の先には家の近くにあった電話ボックスと同様のものが映っている。だが、明らかに周りの景色が違う。
ここはどこなのか‥‥‥。
私は恐る恐る四方八方に目を向ける。見覚えのあるものは何もない。全く知らない場所だ。前方から自転車がやってくる。ちょうど良いと手を挙げかけたものの、別の自分がそれを止めた。まさか、「ここはどこですか?」などと訊けるはずもない。
突然見知らぬところを歩くことは何度も経験している。一旦落ち着こうと大きく息を吐き出した。
電話ボックスの周辺にはフェンスがあって、見たところ公園のようだ。ただし、いつぞや幼い先輩と遭遇した公園とは違う。ここに来た理由もきっとあるのではと、私はゆっくり公園内へと歩を進める。
鉄棒にブランコ。定番の遊具はいくつかあったが、遊んでいる子供は誰一人としていない。子供どころかそもそも人気がなく閑散としている。
落ち葉の具合からするとどうやら秋らしい。陽の傾き加減から夕方まではまだ時間がありそうだ。
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