第6話

 腰の高さにも満たないケースも小さい子供には巨大な箱だ。用意してある踏み台に乗り扉を開けると背伸びするようにして二人が四角い棒アイスを手に取る。私も同じものを選んですぐに扉を閉めた。それからおばあさんの方へと歩み寄っていく。


 そこで私はハッとなった。


(そうだ‥‥私もお金を―――)


 今更無いとも言えず、無意識にワンピースの腰の辺りに触れてみたところ、妙な感触を覚えてすぐさまポケットに手を入れた。ついさっきまでハンカチだと思っていたものが財布に替わっている。それも使い続けているスカイブルーの長財布。


 まるで漫画のようなポケットだと思いつつも、頭の片隅では魔法が使えるようになったのだと真面目に考え始めていた。


「これ三つください」

「はい。じゃあ、三十円になります」


 長財布のファスナーを開いて中を確認する。これを買う予定だったのか、十円玉がちょうど三枚ある。と安心したのもつかの間、他にお金らしきものは見当たらない。


 もしかしたら三十円しか持っていないってこと。これじゃ、うっかり他にも何か買ってあげようかなんて言えやしない。


 焦った顔を見せないようにして、早々にお金を取り出しお婆さんの皺くちゃの手に載せた。その際、何気に背後に貼られたカレンダーを見て私の瞳は大きくなった。



 昭和四十五年‥‥‥。


 何かの見間違いだと何度か瞬きをしてみたものの、文字は昭和のままだった。昭和っていったい何なのよ。そう思った時、レトロを演出しているのだと閃いた。しかし、どうみてもカレンダーは古臭くない。そんな様子にお婆さんが不意に疑問そうな表情を浮かべたため慌てて何でもないとお茶を濁したが、公園内を歩くときもどこか上の空だった。


「おばあちゃん、どうしたの?」


 今までと何か違うと感じ取ったのか、女の子が不安そうに顔を見る。いけないと慌てて笑顔を繕った私は、「さっきのお椅子で食べましょう」と大きな木の陰になったベンチへと三人で向かった。それから三人で並んで腰かけアイスを頬張った。


 男の子は自分で座ったが、女の子はアイスを落とすといけないので私が抱えるようにして座らせた。五歳児の女の子の身体は宅配で届く荷物よりも軽いくらいだ。足も下に届かないのでブラブラさせている。横目に見ても可愛らしい。


 冬でも美味しいが、暑い日のアイスはやっぱり格別。額に滲む汗も心なし引いていくような気さえする。それでも口にした途端、こんなに甘かっただろうかという疑問も浮かぶ。その味がまた私に昭和という文字を思い出させた。


 そんなことを考えているとも知らず子供たちは口の周りを白くしながらアイスを嘗め回している。黙々という言葉が相応しい光景だ。それがまた子供らしい。


 こうして三人で座っていると、傍目にはおばあさんと孫が仲良くアイスを食べているように映るのではないか。


 孫‥‥‥。


 心の中で呟いてみたところで、孫どころか子供も居ないのだから、私にとっては空想の世界の話でしかない。


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