第141話

 生活の中で変わったことは潤が携帯電話を持つようになったことくらい。電話機も通話料も決して安くはなかったが、養育費などを考えれば共働きの夫婦なら特に問題もない。購入した日は帰ってくるなり、どうだと言わんばかりに私に見せた。


「しかし、こんなに小さくなって持ち歩けるような時代が来るとは夢にも思わなかったな」


 話しながらも潤の顔がどこか誇らしげにも映った。


「なんだか軽くておもちゃみたい。こんなので電話出来るようになったのね。昔は肩に掛けてたなんて聞いたことがあるけど」


 手渡された電話機を上下させてから潤に返す。


「ああ、ショルダーフォンってやつだよ。それから見ればこれなんかまだ安い方なんだろうけどな。職場でも何人か持つようになったから俺もって気になったんだけど、どこでも電話が出来るってのは便利で良いよな」


 高価なおもちゃを手にしたかに潤は目をキラキラさせている。


「そうね。浮気防止にもなりそう」


 優しく睨みつけると潤は呆れたように笑って首を何度も振った。



 休日には買い物やドライブにも出かけた。子供のいる友達はそれを羨ましがったりもするが、私達は子供のいる友達を羨ましいとも思う。いわゆるないものねだりだ。


 話が伝わってからは互いの実家を訪れても誰一人と子供の話を口にしなくなった。従って話題はそれ以外のもので、特に暑いだの寒いはお決まり事。一年という時間などはすぐに経過してしまう。



 

 二十一世紀を迎え、プランターのチューリップの花が萎れ始めた頃、潤と一緒に私の実家を訪れた。約三ヶ月ぶりだ。お決まりのパターンでお父さんと潤はお酒を飲み始め、どれくらい経った頃だろうか。


「折り入って話と言うか、二人に相談したいことがあるんだけど」とお父さんが咳き込みながら私と潤とを交互に見た。


「どうしたの?風邪?」


「いや、特に熱があるってわけじゃないんだけど、ここんところちょっとな」


 私の問いにすぐにお父さんが手を振る。大儀そうにも見えなかったので、ひとまずは話の先を促すことにした。


「相談と言うか、これは提案なんだけど―――」そこで一旦言葉を切り、お母さんにチラッと目をやる。それからまた私達を見た。



「どうだろう?この家で一緒に暮らしてみるってのは」


 意表を突かれたせいか、潤も私も唖然となった。その表情を和らげようとお父さんは笑い声をあげる。


「こんなことをいきなり言われたら面食らうのも無理はないだろうけど、あくまでどうかなって話で、無理強いしてるわけじゃないから気楽に考えてもらえば。もちろん二人には二人の生活があるってこともわかってるし大切だと思う。ただ、今のコーポも家賃だけ払っていても自分のものになるわけでもないから、無駄とは言わないまでももったいないような気もしてさ―――」


 そこでお父さんは話を中断するかに咳き込んだ。それを横目にお母さんが口を開いた。

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