第67話

「ごめんなさい。驚かせちゃったかしら」


 そう言って歩み寄った私が今度はビクッと身体を震わせる。間違いない。あの公園から立ち去った女性だ。何を言うわけでもなく女性は弱々しくかぶりを振る。


「釣瓶落としなんて、よく言ったものね。あっと言う間に暗くなって来ちゃう」


 ほとんど独り言のように呟いてから、「お隣に座ってもいいかしら?」偶然、知り合いにあったとばかりの口調で返事も聞かずにワンピースの裾を折りたたんだ。



 おせっかいのおばさんと思いつつも、拒否はしてないようだ。ただ、どんな人物なのか気になったらしく、少しだけこちらに顔を向けた。完全に陽でも落ち暗闇に覆われていたなら私の表情も変わることはなかったかもしれない。しかし、その女性の顔を見て愕然となった。


 涙に潤んだかのやや切れ長の目の下にポツンとある泣き黒子。間違いない。あの夜に出会った女性だ。名前は児島さんと言ったはず。


 化粧っ気がないのはあの時と同じ。でも、顔立ちの様子からして随分と若そうに見える。三十‥‥‥いや、恐らく二十代ではないか。児島さんがあの夜私を見てどこかでお会いしたと言ったのは今日のことだったに違いない。


 何事もなかったかに顔を前に向ける。ぼんやりと川の流れらしきものが映る。


「なんでなのかしら。夕暮れ時って寂しく感じるわね。そういえば歌にもあったかしら」


 話すきっかけを作ろうと適当に思いついたことを呟く。すると児島さんは俯いたまま応えてくれた。



「私‥‥その歌けっこう好きでした」

「あらそうなの?でもその夕暮れ時よりもなんだかあなたの後姿の方が寂しく見えちゃったのよね」


 図星を悟られまいとしたのか、児島さんはフッと息を吐き出すように笑う。どうでもいい。投げやりな笑いにも感じられた。


「もし人違いだったらごめんなさいね。ちょっと前にあなた公園にいらっしゃらなかった?」


 私の問いかけに児島さんは驚いたように顔を向ける。やはり見間違いではなさそうだ。



「なんだか服装が似ていたものだから―――」


 何かを思い出したのだろう。児島さんは再び項垂れた。細身の身体が尚のこと寂し気に映りそっと両手を肩に添えた。一瞬だけ震えた肩から私の掌に何かが伝わってくる。何とも言えない温もりで、このままずっと目を閉じて何時間でも居たいような気分にさせてくれる。


「良かったら聞かせてくれない?話せば楽になるなんてこともよく言うでしょ?」


 閉じた心に私は優しく声でノックする。先ほどの光景からおおよその理由は見当が付いていた。



「ご夫婦の赤ちゃんでも預かって?」


 しばしの間面倒を見ていたら情が湧いて離れにくくなる。これは犬でもネコでも一緒。


 きっと児島さんもそんな思いに辛さを感じたに違いないと、心中を察するかに尋ねてみたのだが、児島さんから出た一言には驚きを隠せなかった。

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