第123話
『ココス島』に向かう船は割と混んでいた。人気のスポットだというのが頷ける。それでも島中に人が居るわけではない。人目につかないところでそっとキスもした。なんだか夢の中にいるような気分。
「天気も良くて、まさに楽園って感じがするな」
青い海と空を見て潤が声をあげる。堪らずに出た。そんな言葉にも聞こえた。
楽しいと時間も早く過ぎてしまうようで、あっと言う間に陽が暮れていく。ホテルのあるタモンも夕陽のポイントの一つ。私達はホテルのテラスでオレンジに染まる海を見ていた。潤の吐き出す煙がグアムの空に漂って行く。
「絵に描いたような景色だな。あえて旅行を遅らせた理由はこういうことなんだろう?」
「そうよ。だって雨や台風じゃせっかくの新婚旅行が台無しになっちゃうでしょ」
見つめ合っていると自然と互いの顔が近付いていく。吸ったばかりの煙草の味がした。ロマンティックな気分に浸っていた私の身体は知らぬ間に上気している。潤もそれを感じたのだろう。そのまま私達は部屋のベッドに横になった。再び私の唇は塞がれ潤の手があちこちに移動する。私はたびたび掌で口を押さえた。
生まれたままの格好になった時、潤が私を見下ろしながら呟いた。
「アレは持って来てないんだよね?」
避妊具のことだとすぐに分かった。直接訊かれはしなかったけど、新婚旅行の荷物に加えるのも気が引けるような気がして鞄に入れるのを止めた。特に理由があったわけではないが、結婚前も後も愛し合う時は暗黙の了解のように着けていた。
「ええ‥‥‥」
声を漏らすと潤の表情に迷いが生じる。あれこれ頭の中で計算はしてみたものの、南国という気分がすべてを消し去ってしまったようだ。
「結婚してるんだし、ハネムーンベイビーだって私は別に―――」
言った直後、体温がさらに上昇するのを感じた。そんな私の瞳をじっと潤が見つめている。真剣な眼差しには覚悟が感じられた。それでも多少の躊躇があるのか、潤は玄関の前で立ち止まったままだった。眼を閉じていても間近にいることがわかる。
ドアに触れた。その瞬間、私は大きく身体をうねらせた。潤が扉を開けると同時に私は唇を強く噛んだ。それまでに感じたことのない感覚が身体の中央部へと伝わっていき、僅かに開いた口から大きな声が漏れた。自分でも恥ずかしいような声に慌てて口を掌で押さえた。
潤の息もいつもより荒い気がする。身体から発する熱だけでも互いの興奮が見て取れる。
ベッドは『ココス島』に向かう船のように揺れ、潤自身が砂浜に寄せる波になって私の身体にダイレクトに押し寄せる。脳に鳥肌が立つ感覚がしばらく続いた後、激しい波の動きから何かの気配を感じ取った。その直後、体内に別の新たな波が幾度となく押し寄せ私は潤の背中を力強く引き寄せた。
息をするのもやっとという状態のまま、私は潤の腕枕の中で幸せの余韻に浸っている。言葉など今は必要ない。潤も何も語らない。
触れ合う肌だけで十分会話は成立していた。
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