第136話

 私の実家に行った時も行きつく話は子供について。一年一年それが積み重なって今ではだいぶ重荷になって来ている。



 新緑が鮮やかになり始めた四月のある日。いつものように夕食を摂りながら潤との会話を楽しんでいた。


「昨日お母さんから電話があって、またお父さんたち飲みに行ったって」


 ビールを口に運びながら潤は笑いを漏らす。


「俺たちよりもひょっとしたら会ってるんじゃないか。歳も一緒だし馬も合うんだろう。同じ年に定年になってるしな。それでお互いに延長雇用だから共通する話題は山ほどあるんじゃないか」


「でも親同士が仲良くしてくれるってなんだか嬉しい」


「そうだな。中にはそりが合わなくていがみ合うような家もあるらしいから、その点を考えると気楽でいいよな。どうせ早く爺さんになんてことを酒の肴にしてるんだろうけど」


 笑顔交じりに聞いていた私は箸を止めて俯いた。いつもと違う雰囲気を感じたのか潤がこちらをじっと見つめている。



「私‥‥‥お医者さんに行ってみようかなって」


 ポツリと呟いてから潤の目を見る。言葉の意味は瞬時に理解したらしい。


「具合が悪いわけじゃないんだから、別に医者になんか行かなくても‥‥‥」

「悪いかもしれないじゃない‥‥‥なかなか出来ないんだから」


 潤はビールを一口飲んでグラスをそっとテーブルに置いた。


「授かりものってよく言うじゃないか。梨絵だって前に十年も出来なかったなんて人の話をしてたろ。まだそれに比べたらまだ半分の五年だし―――」


 最後は自分に言い聞かせているようにも聞こえた。


「五年だって私には長く感じるの。お父さんたちにはまだかってせっつかれるし。大丈夫、検査をしてもらうだけだから」


「検査って言っても‥‥‥。見られちゃうわけだろ?大事なところとか」

「相手はお医者さんなのよ」


 変なところを心配するのだと思いつつも、潤の言葉は私を少し幸せにしたようだ。気難しい表情が一転していた。


「いずれにしてももう少し様子を見ないか。意外とこんな話をしていたら出来たなんてこともあるかもしれないし」


 潤は私を諭すように優しく言ってくれた。


「わかった。じゃ‥‥‥もう少し」



 食事を終えて食器を流しに運んでいく。潤もそれを手伝ってくれる。皿と茶碗を調理台の上に置いてから片手で私のお尻に優しくタッチした。これが今夜はどうかという潤のサイン。そんな潤を私は優しく睨み返す。これはOKという私のサインだ。



 六月は梅雨らしく雨が毎日のように降り続いた。室内干しの洗濯物を恨めしそうに眺めてから、カーテンを開けて外に目を向けていると、ガンメタに塗られた『プリメーラ』がコーポの駐車場に来るのが見えた。


 いつもより早い帰宅だと私は目を細める。十年以上乗り続けた『ブルーバード』は故障も増えたために結婚した年に乗り換えることになった。地味な色合いだが、潤に言わせると水垢も目立たなくて良いらしい。

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